『四人の申し分なき重罪人』G.K.チェスタトン【感想】逆説戦隊

FOUR FAULTLESS FELONS

1930年発表 ノンシリーズ 西崎憲訳 ちくま文庫発行

 

 

 ミステリ作家としてのチェスタトンの人生の中でも晩年に発表された中編集です。

新聞記者ピニオン氏は特ダネの取材のため、ある高名な貴族の取材のためにロンドンを訪れます。そこでその貴族・マリラック伯爵の4人の友人たちと出会い、彼らが結成した『誤解された男のクラブ』にまつわる「信憑性や理解力をも超越した」物語を聞くことになります。

 

 本書を一言で言い表すなら、「逆説戦隊フォーフォルトレスフェロンジャー」です。ダサいんでもう二度と言いません。とにかく逆説の美味をこれでもかを味わえる連作中編集です。

 逆説がどれだけ本書の中核をなしているかは、本書のタイトルそして章題を見ると明らかです。

タイトルは、ちょっと置いておいて、各章を見てみましょう。

穏和殺人者

頼もしい藪医者

不注意泥棒

忠義反逆者

 

 どれも相反するような二つの単語が組み合わさっています。

 それぞれの会員によって語られるのは、一見適応しないような二つの言葉が組み合わさったタイトルの真の意味。事件全体の絶妙な取り留めのなさや曖昧さ、それらが孕む矛盾を鮮やかに解きほぐす解決編のギャップが最大の魅力です。

 

各話感想

『穏和な殺人者』

 作中では舞台である国の名前がリビアとされていましたが、“エジプトに隣接した国”“政治的配慮が必要”という情報から、第二次世界大戦後に英仏の共同統治領とされたリビアだと思われます。

 ある謀殺未遂事件で容疑者とされる人物がまあ変なこと。一文だけ引用します

誰かが絞首刑に処されるのを妨げるために、その人物を絞首刑に処したことがありますか?-頁89

かまいたちがネタでこんなこと言ってますよね。

 二度見ならぬ二度読みです。で、二度読んでも三度読んでも全然意味がわからないんですよね。こうなってくると楽しくなってくるというか、チェスタトン節の意味不明さににやけてしまいます。

 そして、解決編で一つ一つの小さなの霧がパッと晴れて真相が明らかになるときに思うんです。じゃあ最初っから簡単に言ってくれよって。何で万人に伝わるよう一言で真相を告げてくれないんだ、と。でも最後の最後で、チェスタトンの頭の中にあった一つのテーマが浮かび上がってきて、ああ、そうか。この逆説だらけの文章の中に尊いまでの思想と裏のテーマが忍ばされていたことに気付き膝を打つのです。

 間違いなく本書の看板になる一編です。

 

 

『頼もしい藪医者』

 これまたユーモラスなタイトルです。

 本書の主人公は『穏和な殺人者』とうってかわって常識人然とした立ち振る舞いですが、彼以上の変人が登場するので、話の展開がどうなることやら全然予測がつきません。

 簡単に言えば、ある一本の樹と老人のお話です。

 キリスト教の訓話めいたオチは、幻想的でありながら実際的な面も持ち合わせていて、夢と現実の狭間を漂うかのような、虚構なのに現実で起こりそうな物語そのものが抜群に上手くできています。

美しすぎて大好きな一文を紹介します。

悲劇の名はロンドンといった-頁113

 

『不注意な泥棒』

 一代で身を立てた老実業家とその三人の息子たちのお話。経営方針について父と対立する二人の息子と、国外へ追いやられた一人の放蕩息子、というミステリでもお馴染みの設定です。

 ただ一つ違うのは、血腥いドロドロの殺人事件に展開しないこと。なんと、軽犯罪を取り扱うキレッキレの法廷ミステリになるんですよ。

 どんな裁判でも苦戦しそうな案件なはずなんですが、ちゃんと証人の証言を元に論理的に事実を立証する点においては、かなり精度の高い法廷ミステリだと思います。もちろん題材にもなっている宗教を絡めたオチも見事。

僕はその時、宗教というものを見たのだと思う-頁258

ん?どうした大丈夫か?

 

『忠義な反逆者』

 舞台はどこでしょうかねえ。バルカン半島であること、ハンガリー帝国の属国、鉱業で有名……、ボヘミア王国か現クロアチアとかでしょうか。

 一言でいうと、めちゃくちゃかっこいい中編です。怪盗紳士ルパンを彷彿とさせる人物が国家を相手取り何もかも思い通りにしてしまうような痛快かつエキサイティングな物語です。

 近代でありながら、どこか中世風の語り口というか描写も魅力で、本書では一番好みの作品です。

 やっぱり本作は、所々で引用される詩人の詩が秀逸です。

星のことごとくが太陽の輝きの前に色褪せるように

言葉は幾多、しかし真の言葉は一。-頁274

鋼の錬金術師かなんかですか

 

おわりに

 実は本書、四つのエピソードで終わりではなくて、全てを回収する見事なオチが用意されています。ただの矛盾した行動をとる四人の変人というお話ではないんですよ。

 『ブラウン神父』シリーズのような切れ味鋭い短編とは違って、逆説たっぷりに宗教・政治・ファンタジーを語りつくす濃密な物語になっています。チェスタトン独特の文体と言い回しに慣れさえすれば、楽しめること間違いなしの名作中編集です。

 

 最後に、一つこの物語が真理なのかもしれないと思うことがありました。

 仕事で先輩からよく「賢いバカじゃないと質問はできない。バカのふりをしろ」と言われます。もちろん実務とか、処理において単純なバカではやってられないんですが、物事の本質を見抜く力とか、上の人間が決めたことの真意/背景/経過/根拠っていうのは、良質な質問から引き出せるものです。

 上っ面だけでわかったふりをして、行動を起こさないと、それこそどんどんバカ(何も考えずに言うことだけを聞くイエスマン)になってしまうというわけです。

 自分の尊敬する先輩で、会議とかで積極的に質問したり問いただしたりする人がいてて、たぶん自分は答えもなにもかもわかっているんですよね。でも、その人が質問するおかげで、なんとなくモヤモヤしていた後輩とか、全然関心もなかった人に気付きが生まれるんですよ。質問した人間も、改めて情報のすり合わせとか、インプットとアウトプットが同時にできるし、良いこともあるんですよね。バカな質問かもな、と思うことでも、もう一つその奥まで引き出せるような賢いバカでありたいと思ってます。

では!