『エラリー・クイーンの新冒険』エラリー・クイーン【感想】物語同士のギャップも魅力

The New Adventures of Ellery Queen

1935~1939年発表 エラリー・クイーン 中村有希訳(旧版:井上勇訳)創元推理文庫発行

前作『エラリー・クイーンの冒険』

 

各話感想

『神の灯』(1935)

 今回、新旧の『新冒険』と併せて嶋中文庫の『神の灯』も読みまして、合計3回読んだことになるんですけど、読むたびにすげえが溢れました。

 本作は消失系ミステリの超傑作です。恐怖を煽るオカルティックな筆致で書かれる事件そのものが見どころの一つなので詳細は省略します。消失トリックのすごさは言わずもがな、超常的な事象に有無を言わせず論理的な解決を用意するその手腕だけでも称賛に値します。

 さらにこの中編を傑作たらしめているのは、物語の奥深さ。純白の雪の絨毯に隠された、クイーンの最も憎む犯罪が顔をのぞかせる終盤は、その性質と相俟ってゾクゾクとした怖ろしさすら感じさせます。そして、最後に用意された大どんでん返し。もう完璧ですよ。

 ちなみに某有名漫画で、似たようなトリックが使われていたので、トリックについてだけは推測ができてしまったのがほんの少しですが残念です。ミステリ系漫画も良いですが、まずは本作を読んでからでも遅くはありません。

 

『宝捜しの冒険』(1935)

 盗まれた宝飾品を巡る、よくある盗難事件が題材です。真相はかなり見えやすく、手掛かりも明示されているため、難易度はそれほど高くありません。見どころは手の込んだトリックではなく、解決までのクイーンの鮮やかすぎる手腕そのもの。今まで数々の難事件を解決してきた名探偵だからこそ通用する洒落た解決編が秀逸です。

 

『がらんどう竜の冒険』(1936)

 日本人の富豪が登場する一作。日本が物語のプロップに影響を与えているとはいえ、まだまだ日本の文化について浸透していなかった時代、クイーンの目を通して語られるそれは、あくまでも東洋的神秘の一種に過ぎなかったように思えます。

 トリック、真相ともに凡庸な出来ではありますが、こちらも真相までのプロセスは冴えていて、クイーンが手掛かりを得る手段や、犯人の犯したミスに工夫が凝らされています。

 

『暗黒の家の冒険』(1935)

 タイトルどおり、目の前の手すら見えない遊園地の遊戯「暗黒の家」の中で起こる事件が異彩を放っています。一種の不可能犯罪をテーマに、ハウダニットに特化した一作ですが、トリックの奇想はまあまあ。本書で注目してほしかったのは、もう一つの登場人物の特性にあると思うのですが、こちらも投げっぱなしになっている印象は拭えず、論理的な解決、とは程遠い短編です。まあジューナが久々に登場しただけで読む価値はあったと思います。

 

『血をふく肖像画の冒険』(1937)

 万人を魅了する背中をもった魅力的な美女が登場する一編。作中で美女に翻弄される狼たちと同じく、クイーンもふらふらと付いていき、勝手な正義感に燃えて騎士よろしく振る舞う様がユーモラスです。

 一方で彼女を取り巻く状況は不穏で、流血をともなう恐ろしい伝説が物語に怪奇の色を添えています。解決編が多少肩透かしな感じがしないでもありませんが、探偵クイーンの最後の立ち姿は画になるくらいカッコよく、強く印象に残ります。

 

『人間が犬を噛む』(1939)

 『神の灯』を除けば、本書いち「好き」な作品。本作以降は全てスポーツを題材にしたミステリで、スポーツそのものと人々がそのスポーツに懸ける熱量がミステリに上手く組み込まれています。

 それでも物語の中核は、興味をそそる謎とアッと驚かせる解決編。本作は「野球」が題材で、ハウダニットとフーダニットにそれぞれ違った捻りが加えられているのが秀逸です。ポーラ・パリスを絡めた小気味良いオチとエラリーの様子が笑わせてくれます。

 

『大穴』(1939)

 本作のテーマは「競馬」です。ミスディレクションに多少粗があるかな、と思わないでもないのですが、トリックとホワイダニットに工夫が凝らされています。競馬そのものにあまり興味が無いクイーンですが、解決編では短期間で得た競馬知識を駆使し鮮やかに真相を指摘します。

 

『正気にかえる』(1939)

 「ボクシング」がテーマの作品。フーダニット、ホワイダニット、ハウダニット、ともに謎の物量のバランスが取れた作品です。犯人あての難易度は低めですが、真相を当てるロジックに、クイーンらしい論理的な美しさを見出すことができます。

 

『トロイの木馬』(1939)

 「アメリカンフットボール」がテーマの作品。短編ミステリではおなじみの盗難系の作品。失われた宝石の行方を探るオーソドックスな造りで、こちらもトリック自体の難易度は易しめ。しかし、トリックを暴いたところで、パッと頭の靄が晴れるかのように現れる意外な犯人の姿が印象に残ります。

 

おわりに

 ベストは中編『神の灯』を除くと『人間が犬を噛む』でしょうか。「犬が人を噛んでもニュースにはならないが、人が犬を噛めばニュースになる」この言葉を誰が最初に行ったかは諸説あるそうですが、本書の物語のど真ん中を射抜く的確なタイトルに違いありません。『神の灯』がどちらかと言えば神秘的な、秘教めいた雰囲気に包まれているのに対し、『人間が犬を噛む』はかなり俗っぽくて、ありきたりな題材なのに、ミステリとしての希少価値やサプライズがある、このギャップが魅力です。

 

 どの作品にも明確な見どころが用意されている贅沢な短編集ですが、後半4作に長編『ハートの4』(1938)の関係者が登場する点は注意。物語のネタバレがあるので該当作を読んでからチャレンジすることをお勧めします。

では!