『十角館の殺人』綾辻行人【ネタバレ感想】自分にとっては遅効毒だったみたい

1987年発表(2007年新装改訂) 島田潔(館シリーズ)1 講談社文庫

次作『水車館の殺人』

 

粗あらすじ

 調度品の悉くが正十角形を模り、摩訶不思議な幽霊騒ぎや陰惨な怪奇事件が纏わりつく十角館を訪れた、大学の推理小説研究会のメンバーたち。推理小説研究会のメンバー全員には、死者からの奇怪な手紙が届いていた。そして、なんの前触れなく”殺人遊び〈マーダーゲーム〉”開幕の鐘が鳴る。

 

 日本における新本格ブームの火付け役綾辻行人の鮮烈なデビュー作をついに読みました。同氏の「館シリーズ」の中でも特に人気が高く、数多の推理小説作家に多大なる影響を与えた、ミステリ史上最高傑作の呼び声高い作品です。

 結論から言うと、もう思いついたもん勝ちというか、このスタイルを生み出してしまった時点で読者の負けは確実です。個人的には、衝撃が強すぎて「ん?」と一瞬思考停止してしまい、最大限に本書の醍醐味を味わえたとは言えませんでした。読み終えて、ようやっとジワジワ/ピリピリと効いてくる、自分にとっては遅効毒のような作品でした。そのスタイルの話のネタバレラインがめっちゃシビアなので、今回はネタバレ前提で感想を書きます。

 

 

 

 

ネタバレを飛ばす

以下、アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』および『ABC殺人事件』のネタバレを含みます。該当作を未読の方は、ネタバレを飛ばしてください。

 

 

超ネタバレ感想

 本書は、「陸の孤島」と「クローズドサークル」というミステリファンなら垂涎ものの要素が組み込まれています。これは、紛れもなくミステリの女王アガサ・クリスティの作品『そして誰もいなくなった』のオマージュです。

 閉ざされた限定的な空間で起こる事件の解決として、予定調和的な解決を見た『そしてだれもいなくなった』に比べると、格段にブラッシュアップされ、驚きという一点だけで言えば、『そして-』に匹敵する傑作です。

 比べる必要もないんですけど、サスペンス面では、様々な階層の人間が集まってドロドロとした人間ドラマを展開する『そして-』に軍配が上がります。ただ、舞台が近代日本なのですから、これくらいライトな物語だからこそ、多くの人に受け入れられているのかもしれません。登場人物のキャラクターがそれぞれ特定のステレオタイプに乗っかているのも読みやすい部分。その時代時代に適応して様々に形に変身するのがミステリというジャンルなのだと改めて感じさせてくれます。

 

 もう一つビビっと来たのは、やはり大胆な二場面構成。結局これは、島田潔という安楽椅子探偵を描くためのものでは断じてなく、本書の核となる巧妙なアリバイトリックだったわけなのですが、この事件パートと違う場面を交互に描くパターン。どこかで見たことあるなと思ったら、これもクリスティの作品に有りました。そう、それが『ABC殺人事件』です。

 『ABC-』では、猟奇的な殺人事件と交差して、持病を持ちコンプレックスを抱える青年の葛藤や混乱を描くことで、あたかも事件の犯人がその青年なのではないか、というミスディレクションが仕掛けられていました。もちろんミステリファンが素直に騙されることはないでしょうが、作者による殺人事件とその挿話を結び付けようとする試みは成功していますし、全く関係ない挿話ではなくちゃんと真犯人による策略の一部であることが丁寧に明かされます。

 丸っきり一緒ではありませんが、本書でも『ABC-』同様、島での連続殺人事件と並行して本土の様子が逐一描かれます。『ABC-』の場合は、挿話の人物が犯人ではなく、事件の真犯人によって巧妙に操作されていましたが、本書は逆に(挿話にあたる)本土の人物が島の人間を巧妙に操り、事件を構築しています。だから何だって話なんですが、怪しげな挿話や一見本筋とは関係の無いような話に登場する人物こそ犯人だったら?という視点で作者が本書を生み出したと仮定するなら、『ABC-』と読み比べてみても楽しめそうです。

 もちろん上で述べたことはただの駄弁です。やはり本書最大の美点は、他に類を見ない強烈な叙述トリックでしょう。初めてこんなド直球の叙述トリックものを読んだので、その瞬間はマジで面食らってしまって、驚くより先に思考が停止してしまう情けない読書体験でしたが、今改めて読み返すと、その凄まじさを痛感しています。

 本土での真犯人の様子は懇切丁寧に描写されていながらも、台詞や態度は、アンフェアのアの字も見当たらないほど、また絶対にボロを出さないよう徹底的に計算され尽くして書かれているのがわかります。また、島での犯人の素行や心理描写に、犯人であるが故と言える点が多いのも説得力を高める部分。

 最後に、ちょっと気づいたところとか、巧い!と思ったところだけ書き出しておきます。

  • シンプルに一番最初に島について「諸々の準備」(頁27)をしているのが怪しい。
  • メンバーに出された手紙は本土にいる河南にだけオリジナルで他はコピー(頁110)

  →自分のアリバイを作らせるため、まずは河南を動かした。

  • 探偵・島田にアリバイについて直接聞く度胸(頁112)
  • 守須は「島に誘われたが断った」と言っているにもかかわらず、島のメンバーはそのことに何も触れない(頁114)
  • 自分で安楽椅子探偵を名乗る度胸(頁117)
  • ずっと体調不良のヴァン(二日目・島)
  • 明らかに、島にいる6名の中に犯人がいるという読者への挑戦状(頁151)

  →巧みに本土から目を遠ざける妙手

  • 序盤で一度「守須」という名前に着目させる(頁170)

  →モーリス(・ルブラン)を読者に連想させる。

  • 殺意についての意味深な講釈(頁181)
  • 外部犯の可能性を最初から最後まで捨てていない

  →島と本土がボートさえあれば気軽に行き来できること、紅さんというレッドへリングが冴えている

  • 終始、エラリーとアガサ(主にエラリー)が喋りまくり、進行のための狂言廻しのように動き回るので、ヴァンに目がいかない。というかヴァンがあまりしゃべらない。

 

 

 

      ネタバレ終わり

おわりに

 個人的な好みで言えば、常にミステリを通して旅する感覚を求めているため、普段は海外ミステリ一辺倒なのですが、改めて素晴らしい国内のミステリを読んで思うのは、シンプルにめちゃくちゃ読みやすいということ。本格的に謎解きに挑もうとすると、物語の中の場景とか小道具を細部まで想像することを求められますが、国内のミステリなら、いち読者として識っている/観たことがあるものでしか出来上がっていない世界なので、読みやすいうえに謎解きに挑みやすい。さらに、解決編も飲み込みやすいし、登場人物の性格や行動原理にも納得しやすいことが多いように感じました。

 

 綾辻行人の作品では『霧越邸殺人事件』というのが凄いとよく聞くので、そこまではちゃんと追ってみようと思っています。順番はどれがいいとかありますかね?

では!