『骨董屋探偵の事件簿』サックス・ローマー【感想】フー・マンチュー以外にも面白いのあるはず、もっと翻訳しませんか?

The Dream Detective

1920年発表 骨董屋探偵モリス・クロウ 近藤麻里子訳 創元推理文庫発行

 

 

 

サックス・ローマーという男

 サックス・ローマーことアーサー・ヘンリー(サースフィールド)・ウォードは1883年にイングランド、バーミンガムに生まれました。仕事一徹の父親とアルコール依存症の母親という複雑な環境に育ったローマーは、公務員や銀行員、ジャーナリストなどの経験を経て、劇場の脚本や戯曲を書く仕事に落ち着きました。当時の高名なパントマイミストであったジョージ・ロービーの歌やひとり芝居の台本を担当し一定の成功を収めたそうです。

 ローマーの名をさらに知らしめたのは、東洋人による世界征服という野望のため、西欧で暗躍する中国人フー・マンチューが登場する『フー・マンチュー博士の謎』(1913)でした。西欧を破滅へと導く中国人という設定は、良くも悪くも当時世間をにぎわしていた「黄禍論」という東洋人を蔑視・危険視する思想と結びつき、大衆の強い支持を受けました。その人気は、あのシャーロック・ホームズやゴシックホラーの代表格であるドラキュラに比肩する勢いだったといいます。

 彼が創造した探偵の一人は、本書で主人公を務める骨董品屋の店主モリス・クロウです。彼の元には、スコットランドヤードのグリムスビー警部補が解決しきれずに持ってくる難事件が集まります。クロウの推理方法はかなり異端で、現場に枕を持って赴き、そこで一晩過ごした後みる夢のお告げ/神の啓示/インスピレーション/精神感応から謎の真相を暴く、というもの。かなりオカルティックな内容ではありますが、意外にも結末は現実的で、東野圭吾『探偵ガリレオ』のような摩訶不思議な超常現象に論理的な解決があるミステリのはしりなのかもしれません。

 設定や題材に特徴がありますが、それよりも本書の魅力は、モリス・クロウを取り巻くキャラクターたちにあります。クロウの事件を記録するビビりの語り手サールズや、絶世の美女でクロウの助手であり娘でもあるイシス、クロウを利用し出世を目論むグリムスビー警部補など、キャラクター同士のバランスというか、強弱の塩梅が良く、物語に引き込まれます。

 このままだとちょっとわき道に逸れそうなので、各話感想に入ります。

 

 

各話感想

『ギリシャの間の悲劇』

 死の部屋系(入るだけで死んでしまう部屋)のはしりとでも言えそうな一作。博物館の間の一つで起こる不可思議な現象と、連動して起こる関係者の死、というオカルティズム満載のストーリーが見どころですが、解決はやや肩透かし。

 黄金時代の某巨匠の長編にも同じテーマのミステリがありましたが、やはり短編くらいのボリュームが丁度良いと思います。しかし、トリックに頼り切りにならず、怪奇現象と紐づけてちゃんとオチ(着地点)を用意しているのは巧みです。

 

『アヌビスの陶片』

 エジプトから出土した曰くつきの陶器という魅力的な小道具に、ザ・オカルトな降霊会が組み合わさって摩訶不思議な盗難事件へと繋がります。仕掛けはいたって小粒ですが、本だからこそ通用する、むしろ本でしか出せない味わいがあります。

 

『十字軍の斧』

 グロテスクな事件と調和する小道具“十字軍の斧”が異彩を放っています。最有力容疑者に思える人物は、殺害が不可能だった⁉というある種の不可能犯罪をテーマにした作品です。強固な不可能状況に加え、手掛かりから読者の目を背けさせ、煙に巻く探偵の手腕(文字通りの)が秀逸です。

 

『象牙の彫像』

 本書で登場するトリックは。盗難系のトリックの中では、やや使い古された感もありますが、事件の演出力が高いのでなかなか侮れません。彫像の特徴が巧く事件の構築に組み込まれている点もさすがですし、探偵クロウの解決のプロセスの神秘的な様も雰囲気に合っています。現実的かどうかはご愛敬ですが……。

 

『ブルー・ラージャ』

 『象牙の彫像』以上に陳腐なトリックがややげんなりさせますが、たまにはこれくらいベタな作品も悪くありません。それだけ。

 

『囁くポプラ』

 怪奇要素が全面に押し出た、本書の中ではベストの作品。サプライズは及第点でも、伏線の張り方が上手く、演出から解決まで隙のない一作です。

 また、捨てキャラが無く、主要キャラクター全員が物語に影響を与え存在感がしっかりあるのも推しポイント。特に語り手サールズのビビり具合が面白いです。

 

『ト短調の和音』

 トリックも何もあったもんじゃないですが、あえて言うならホワイダニットに工夫が凝らされた作品です。死体の痕跡と夢の中の和音というアイデアだけで突っ走る強引さは爽快ですが、ミステリとしては物足りない部分も。

 

『頭のないミイラ』

 ここにきてモリス・クロウの可愛いさが爆発しています。次々と首を切り落とされるミイラという謎も魅力的ですが、本書で初めて失態を犯すクロウと、彼に軽口をたたくグリムスビー警部補とのかけ合いも楽しく、本書次点の出来です。その分、謎解きの質には目をつぶりましょう。

 

『グレンジ館の呪い』

 恐怖をあおる作品の雰囲気は上々ですが、やはり障壁はトリック。エポックメイキングな仕掛けと歴史ものの要素を組み合わせてはいますが、さすがに現代の読者には通用しないのではないでしょうか。本作でもビビりまくるサールズが見どころです。

 

『イシスのヴェール』

 ビビりまくるサールズその3です。タイトルからして本書の掉尾を飾る作品になる……かと思いきや……という作品。

 サールズ曰く「自然と超自然の間」に位置し、『頭のないミイラ』の属する作品とされていますが、該当作の解決の説得力と比べてもどうも釈然としないところがあります。

 根底にあるテーマは科学と怪奇の融合した上質なものだけに、論理的な穴が多いのが玉に瑕。まあ、あえて詳しく解説しないという「粋」なところもあるのかもしれません。

 

おわりに

 冒頭も言いましたが、謎と解決はさておき、キャラクターものとしてかなりちゃんとした部類に入るミステリなので、本作で終わってしまった悲しさと勿体なさが強く残ります。「一晩で解決が視えてしまう」という特性上長編向きではありませんが、もう何作か短編で読みたかった……。グリムスビーのイシスに対する視線も気になるところですしね。

 今回記事を書くときに色々調べたんですけど、サックス・ローマーという作家の情報自体がなかなか出てこなくて、出てきても怪人フー・マンチューのことばっかりでした。ってゆうか、ローマーが書いた約70の著作のうちフー・マンチューものってたった13作なんですよ。ローマーって伝説の奇術師フーディーニと友人だったらしくて、彼に影響を受けて書いたオカルトの本だったり、魔術師をモチーフにしたキャラクターがいたりと、絶対他にも面白そうな本がたくさんありそうなんだよなあ。是非、翻訳家の皆様、各出版者の皆様、面白そうな本があったら邦訳してくれませんか?ちゃんと布教しますよ。

では!

 

 

骨董屋探偵の事件簿 (創元推理文庫)

骨董屋探偵の事件簿 (創元推理文庫)