『毒ガス帯/地球の悲鳴/分解機』アーサー・コナン・ドイル【感想】表題作だけじゃない粒揃いの中短編集

1913~1929年発表 チャレンジャー教授2 龍口直太郎訳 創元SF文庫発行

前作『失われた世界

次作『霧の国』

 

 一言で「面白い!」と言える名作短編集だった。約100年も前に書かれたとは思えない謎めいたSF小説として、またチャレンジャー教授のハードボイルドものとして、そして地球最後の日に人類が辿る未来の断片を垣間見せてくれる予言書としても優れた一冊だ。

 

各話感想

『毒ガス帯』The Poison Belt(1913)

 “地球最後の日”をテーマに描かれた中編。地球が宇宙空間にある“毒ガス帯”に突っ込んでしまうまでのスピード感が良い。次々と毒によって斃れる人々の無常さや、炎を上げる町、死都と化したロンドンへの冒険譚など見どころが詰まっている。

 また、未知の世界からやってくる正体不明の物質というSFネタの不変性も高いし、生き残った論拠もちゃんと用意されている。

 オチは章立てを見てしまうとかなり明らかになってしまうので、目次を見ずに読むことをお勧めするが、見なくても別に目新しいオチではない。ただ、災禍が終息した世界での人類の姿はどこか滑稽でユーモラスに描かれており、コナン・ドイルの巧みなストーリーテリングは堪能できるはずだ。

 

『地球の悲鳴』When the World Screamed(1928)

 地球が一個の生物だと仮定して、地球の体内へと侵入を試みるお話。アーサー・コナン・ドイル版の「センター・オブ・ジ・アース」だろうか。とはいえこちらはロマンあふれる冒険小説ではなく、あくまでも科学(実験)小説という意味で純粋なSF小説のような造りになっている。

 興味深いのは、本作で掘り進めた距離が8マイル(12,13km)もあったという点。世界初のマントル調査計画は1958年にアメリカで行われたモホール計画だが、それでも掘削深度は海面下3500m+183mほどだった。しかも8年もの期間をかけながらマントルへの到達は叶わなかったそうだ。今でこそ、プレートの内部構造やその厚さなどが認知されており、特にマントルが流“”的なものだという知識が一般的になっているが、本作は100年以上も前のことである。ドイルの卓抜した想像力と先見の明が光る秀作だ。

※掘削についての記述はモホール計画 - Wikipedia調べなので事実と異なる可能性がございます。

 余談だがシリーズ通して登場する新聞記者エドワード・マローンが、時たまテッド・マローンと呼ばれていて、エドワードの愛称がテッドと呼ぶことを知るまでかなり混乱した。

 

『分解機』The Disintegration Machine(1929)

 チャレンジャー教授が、物体や生物までも分子レベルで分解し再構築してしまう機械を発明したロシアの科学者と対決する話。

 分解機の仕様ではなく分解の様(さま)が、まるで魔法のように書かれており、ドイルが後年傾倒したといわれる心霊主義の発端が見えるようだ。

 本作でもオチにはかなり工夫が施されており、世情を色濃く反映したSF作品であると同時に、冷酷非情かつ確固不動たるチャレンジャー教授のハードボイルドものにも思えてくる。星新一のショートショートを思わせるピリリと辛口な作品なので、こちらも大いにオススメしたい。

 

おわりに

 本書を読む前は、『毒ガス帯』というひとつのSF長編かと思いこんでいたので、『地球の悲鳴』と『分解機』という秀作短編に出会えた喜びが一番大きかった。

 

 つい最近、創元推理文庫でチャレンジャー教授第一作の『失われた世界』が新訳化された。メインの登場人物たち全員が個性的で冒険の醍醐味がつまった名作なので、ぜひ多くの人に手に取ってもらい布教してもらったうえで、その勢いのまま本作も是非とも新訳化してもらいたい。

では!