僕の猫舎

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『金蠅』エドマンド・クリスピン【感想】鋭いトリックのその先に

1944年発表 ジャーヴァス・フェン教授1 加納秀夫訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリー発行

次作『大聖堂は大騒ぎ』

 

 

 初エドマンド・クリスピンということでまずは簡単に作者紹介から。

エドマンド・クリスピンという男

 エドマンド・クリスピン(本名ロバート・ブルース・モンゴメリー)は、1921年イギリス生まれ。名門オックスフォード大学を卒業した才人であり、教職や作曲家としても活躍しました。彼が推理小説家として活躍するようになったのは、密室の帝王ジョン・ディクスン・カーの名著『曲がった蝶番』を読んだことが切欠でした。こうして彼が大学在学中に書きあげた作品が本書『金蠅』で、カー同様に濃い密室状況が魅力となっています。シリーズ探偵は大学教授のジャーヴァス・フェンで、文学に造詣が深く、なんでも明け透けにものを言う少し変わった人物。エドマンド・クリスピンが発表した全9長編2短編集で活躍します。

著作リスト

長編

1 The Case of the Gilded Fly(1944)加納秀夫訳 HPM『金蠅』 ※本書

2 Holy Disorders(1945)滝口達也訳 国書刊行会『大聖堂は大騒ぎ』

3 The Moving Toyshop(1946)大久保康雄訳 ハヤカワ文庫『消えた玩具屋』

4 Swan Song(1947)滝口達也訳 国書刊行会『白鳥の歌』

5 Love Lies Bleeding(1948)滝口達也訳 創元推理文庫『愛は血を流して横たわる』

6 Buried for Pleasure(1948)深井淳訳 ハヤカワ文庫『お楽しみの埋葬』

7 Frequent Hearse(1950) 未訳

8 The Long Divorce(1951)大山誠一郎訳 原書房『永久の別れのために』

9 The Glimpses of the Moon(1977) 未訳

短編集

1 Beware of the Trains(1953)中野康司訳 論創海外ミステリ『列車に御用心』

2 Fen Country(1979)一部翻訳『ミニ・ミステリ傑作選』ほか

 

 著作リストを見てもわかるように、かなり邦訳は進んでいて、1940年代の作家の中でも日本ではかなり優遇されています。

 彼がミステリ作家としての活躍した時期は40~50年代の僅か20年ほどで、以降は筆が止まりますが、それも彼が大好きだったお酒が原因だったそうです。1977年のThe Glimpses of the Moonは20年振りのフェンシリーズ復活でしたが、その僅か1年後の1978年に惜しむらくは逝去してしまいました。プロットを見る限りめちゃくちゃ面白そうなので、是非とも邦訳化をお願いしたい作品です。

 

 

ネタバレなし感想

 第一章「列車中のプロローグ」でタイトルどおり本書の登場人物紹介が始まります。これが結構かったるい。物語の最序盤で一気に情報を出されても頭に入らないし、そもそも彼らの関係性はありきたりなので新鮮味もありません。そんなモヤモヤも第一章の最後の一文を読むまでの話。事件が起こるまではやや退屈ですが、それでも波乱を予想させる煽りの手法が毎章に用意されています。

 また、大学教授ジャーヴァス・フェンの魅力も十分です。

フェンには人の嫌がるのを平気で根ほり葉ほり仕事のことを訪ねる癖があったが(頁69)

 職業柄か話したがり/講釈したがる性格が滲み出ていますし、明け透けな物言いや図々しさも素人探偵の素養が備わっていることを示しています。かといって下品な詮索好きというわけではなく、教養ある辛辣さが逆に心地良く感じさせます。

 

 ミステリの核はカーのお株を奪う特殊な舞台での殺人事件。アクロバティックな密室トリックに着目したいところですが、魅力は他にあります。

 ですが、その魅力に全く触れさせることなく(もしくは気づかせることなく)淡々と物語が進んでしまうため、読んでいる間はいたって普通。どちらかというと退屈にすら感じてしまいます

 劇団員を取り巻く人間ドラマは、痴情の縺れがあったり役を巡る確執があったりと波乱に満ちているので、本来ならもっとドキドキワクワクするはずなのですが、初版が1957年という時代ですから致し方の無いところでしょうか。新訳化されれば間違いなく楽しくなるはずなので、是非早川書房さんお願いします。

 

 退屈とは言いましたが、読書自体はスイスイ進みました。特に、登場人物たちがごっちゃごちゃになっていく様はある意味ドタバタコメディですし、たしかにカーを思わせる演出の一つなのかもしれません。

 

 あと触れておきたいのは最後に訪れるショッキングなオチ。オチに至るまでの演出力の高さも見どころですが、やはりオチのインパクトには敵いません。特に最後の瞬間まである人物の独白によって雰囲気が盛り上がっていく部分は、その後に訪れるある種の呆気なさとともに読書後に強い余韻を残します。あとエピローグの古典っぽさも最高なので、古き良き黄金時代のミステリの良さも併せ持っています。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。 

 

 

 さてさて、第一章ではどうなることかと思ったが、最後の一文でちゃんと心を掴まれた。連続殺人ものね(違った)。

 殺人が起こるまでがかなり間怠っこいがイズーが死ぬのは間違いない。で死んだ。

 銃声が聞こえた時間だが、改めてナイジェルが確認するところに若干の不自然さを感じる。「八時二十三分」ね。

 まず何故イズーがフェロウズの部屋に行ったのか。現時点では保留。

 動機に関してはフェン教授の分析が意味深だ。

「動機はそこら中にあり余るじゃないか。(中略)色情犯罪は信用しないことにしてるよ。(中略)金銭、復讐、自己の安全~そのなかから、一つの動機を選びたいね。」頁121

 

 第二の事件まで淡々と物語は進むがここらで一度整理。

 アリバイの観点からロバートニコラスジーンシーラは除外。動機の点は全員がそれなりにあるが、金銭・復讐・自己の安全となると?

 読み返してみて気になったのは、ロバートがイズーをたしなめた時、イズーがロバートをゆするような発言があったこと。(頁64)また、イズーの役者としての能力が低いにもかかわらず(頁28)、ロバートに演者として抜擢されている事実。さらに、舞台監督のジェインにイズーの代役をさせる準備ができていたことなどから怪しく見えてきた。

 現場の一番近くにいたので、方法さえわかれば彼で間違いなしか。

 

推理

ロバート・ウォーナー

結果

 正解……したが、密室と誤認させるトリックには全く気付かず。冒頭の見取り図ではかなり隙があるように描かれている気がしていたが、まさか中庭を挟んで部屋の窓を貫通させて狙撃したとは……。

そんなの思いつくわけない!

 まあ見取り図が立体的でないので全然想像できなかった、という愚痴はある。

 

 一方で、密室ものだと思わせる特殊なミスディレクションは有効的に機能している。本当はアリバイものなのに密室ものに偽装しているという指摘は黄金の羊毛亭を参照されたい。

 

 もう一つ、犯行時刻を誤認させるトリックはそれ自体珍しいものではなく、アリバイ確保のための常套手段なのだが、これを密室トリックと組み合わせて不可能犯罪に注視させる手腕はさすが。

 あとは犯人のロバートの存在感も大きい。フェン博士との堂々たる問答(頁164)はなかなかの曲者。

ロバート「大急ぎで便所から出る、あの女を射つ、また急いで便所に入って、頃合を見計らって出てくる、そんなことも考えられますね」

フェン「残念ながら(中略)そんな軽業は到底できない話ですよ。あなたに嫌疑はありません」が巧い、というせこい。

 ロバートは実際にこの供述の順序を変えて実行しただけだし、フェンの台詞も前半部は核心を突いていて、後半は犯人を油断させるための罠だった。

 ミステリとしての技量が高いかはともかく、トリック頼みの強引さがなく、カーを連想させるストーリーテリングの上手さで読ませてくれるので、次作以降も期待できる。

 

 

 

            ネタバレ終わり

 初心者に不向きな読み難さ、入手難易度の高さから中々オススメしにくい作品ではありますが、カーの二番煎じなどでは全く無く、トリックの尖り具合とその先にある奥深さこそこのミステリの醍醐味です。機会があればぜひ。

では!