『死が最後にやってくる』アガサ・クリスティ【感想】女王にナメられている

1945年発表 歴史ミステリ? 加島祥造訳 ハヤカワ文庫発行

 

 一つ言えるのは、古代エジプトミステリ……ではない、ということ。

本書の事件は紀元前二千年頃のエジプト、ナイルの河畔にあるシーブズ(古代エジプトの都市でいまのルクソール)で起こります。といっても場所も年代も物語自体にとっては付随的なもので、どこの場所でいつ起こったとしても構わないものです。

引用:ハヤカワ書房 加島祥造訳『死が最後にやってくる』

 

 これは、本書冒頭に書かれた「作者のことば」からの抜粋です。

 この「ことば」どおり、本書の舞台は古代エジプトですが、物語はいつものTHE・クリスティ風の味付けです。だから、本書に摩訶不思議な古代エジプトの秘術や儀式、ミイラ、ピラミッドに待ち受ける死の罠なんかを期待するのがお門違いというもの。古代エジプトという魅力的な武器を手にしても、それを必殺の凶器として用いないところには、クリスティの凄味を感じます。

 一見、傲慢にも写る家長イムホテプを中心に、歪で軋みながらも回っていた歯車が、ある妖女の登場でボロボロと崩壊していく様子も、女史のいくつかの長編を思い起こさせます。しかし、この後からが違います。絶対的な法秩序も整備されていない封建的な古代エジプトで、タガが外れたように暴走する冷血な犯人が鮮烈です。それも生まれながらではなく、家族という樽の中で醸成された濃厚な悪意が横溢し爆発する恐怖が、全編に満ちています。

 他人の秘密を暴くことに生き甲斐を見出す身も心も醜い召使い、自身の夫に権利と名誉を相続すべく諍い続ける性根の曲がった女たち、頑固で傲慢で独裁的な家長、まるでこの世が自分を中心に回っているかのように錯覚する不遜な青二才などなど、それこそ現実に相対すると、恐怖を感じるような登場人物の設定は、クリスティにしか創造できないものです。

 そして彼らが生み出す殺人という化学反応は、トリックや怪奇や歴史物にとらわれない柔軟な発想と、人間の性を熟知したクリスティのなせる業。

 

 

 本書の解説で小説家の深堀骨氏は、本書の魅力的な舞台設定を引き合いに出し、こう語っておられます。

仮にエラリー・クイーンが書いたとしたら、その時代にしか成立しないトリックを考え抜き、お得意の言語と論理の遊戯に耽ったろう。ジョン・ディクスン・カーが書いたとしたら、怪奇趣味たっぷりに道具立てに凝りまくり、大時代な活劇に仕立てたろう。F・W・クロフツは書かなかったろう。

 最後の一言には声を出して笑いましたが、完ぺきに的を得ていると思いました。カークイーンがミステリという一大ジャンルに果敢に挑み、正々堂々と真っ向勝負を仕掛けていたのに対し、クリスティは「ミステリ」のその向こう側にいる「読者」に対して仕掛けてきます。

 解説でも「ナメた態度」と揶揄されてますけど、これも案外間違いはなさそう。まぁミステリではなく読者に対して、だと思ってますが。

 本書やポワロものの『愛国殺人』を読むと、ちょっと尖ったことや物珍しいエッセンスを加えるだけで、どんどん本を買ってくれる読者を、暗に皮肉ってるんじゃないか。また、そんなナメた態度でもなお作家として活躍できる現状や、ポワロがもたらしてくれる富と栄光も他人事のように小馬鹿にしていたように感じます。

 そう思い込んで最初の「作者のことば」を読むとまた憎たらしいんですよこれが。

 上記は、あくまでも個人の妄想です。クリスティがどんな思いで書いていようと私たちが何を目当てでミステリを読もうと、「みんな違って、みんな良い」本書もまたシリーズでも無し、個性的な探偵がいるわけでもないので、好きなタイミングと順番で読んだら良いし、逆を言えば読まなくても良い。そんな一作。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 「作者のことば」で細かく季節のことや代名詞の取り扱いについて語られていたので、どんだけややこしいんだ、と構えていたが、何のことは無い。いつも通り、ドロドロとした人間ドラマが中心のミステリ。

 

 薄氷を踏むごとくギリギリで均衡を保っていた家族が、異国の美女ノフレトの介入で一気に決壊する。案の定、ノフレトは死ぬが、彼女を殺す動機があったのは、息子のヤーモスソベクイピイ。そして彼らの妻サティピイカイト

 ホリとレニセンブのロマンスは全然ミステリに要らないのでここでは除外。

 局外者の立場で問題の家族を眺めるホリの助言は手がかりになりそうだが、容疑者であるソベク、サティピイが死に、ヤーモスの息がかかったであろう少年も死ぬと、犯人はヤーモス一択に。トリックらしいトリックもなく、手がかりは全てヤーモスを指している。

 

推理

ヤーモス

 

 もちろん正解。

 改めて読み返すと、やっぱりいつも通りのクリスティ劇場ですよね。

 実は今、ちょうどクリスティに登場するキャラクターたちを、特徴や属性ごとにまとめる作業をしていまして、クリスティの用いたスターシステムを一覧にしてみようと思っています。

 過去作ももう一度見返さないといけないので少し時間がかかると思いますが、形が成ったタイミングで公開してみるつもりです。何の目的?と聞かれると何の目的もないんですが……。

 

 最後にタイトルについて少しだけ。

 『死が最後にやってくる』と聞くと、誰しもがネガティブな感じ、誰か・何かの死がオチになっていると思い込みますが、些細だけどもコレまたクリスティの罠の一つ。本書のオチはそれのまるっきり反対で、レニセンブがホリに対して「死ぬまで、一緒に生きたい」と願うポジティヴでロマンティックなものでした。

 こんなとこでサプライズしなくてもねえ……。これも真面目に読んだ読者をヒラリと躱すクリスティの心憎い小技なのかもしれません。

 

 

 

 

  ネタバレ終わり

 前半部の感想では色々言いましたが、結論、クリスティがミステリの女王なのは大正義ですし何の異論もありません。

 本書と同年には、超のつく大傑作と言われる『春にして君を離れ』も発表されており、クリスティにナメられた(妄想)仕返しをしようとすると、たぶん痛いしっぺ返しをくらうんでしょう?今から楽しみです。

では!

 

死が最後にやってくる (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

死が最後にやってくる (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)