『オルヌカン城の謎』モーリス・ルブラン【感想】時代がルブランに書かせた愛国の書

1916年発表 アルセーヌ・ルパン9 井上勇訳 創元推理文庫発行

 

    本書をアルセーヌ・ルパンシリーズと呼んでいいのかどうか、まだ悩んでいます。

  発表順に言うと9作目にあたる本書は、第一次世界大戦(1914)勃発直後の激動の2年間にモーリス・ルブランによって書き上げられた一作です。

    本書最大の魅力は、ルブランの作風でもある史実を元にした重厚な物語でしょう。終始フランス人である作者ルブランの視点で語られるため、かなり偏った描写があるのも事実ですが、それら『偏った視点』そのものが、苛烈で陰惨な戦争のリアリティを生み出しているのも確かです。

 

    舞台は、大戦初期のフランス・ドイツ両国の主力同士による「マルヌ会戦」前後。イギリスやベルギーをも巻き込んだ、血で血を洗う激戦とその後の終わりの見えない塹壕戦に至るまで、「そこまで酷く描写するか」「そんなに煽る必要があったのか」と悲しく、やりきれなくなるほど、フランス愛とドイツに対する敵愾心剥き出しの文体が胸を打ちます

 

本書の主人公はフランス人青年ポール・デルローズ。新妻であるエリザベートとの新婚生活に期待感を募らせていた矢先の1914年7月30日、物語は静かに動き出します。彼の愛する父を殺した、ドイツ人暗殺者とエリザベートの家系との関係とは一体何なのか、大戦を動かすドイツ軍の壮大な作戦の裏には何があるのか。フランスの古城オルヌカンを舞台に一世一代の戦いが始まる…

 

    終始戦争に絡められた重たい内容にはなっていますが、ルパンに比肩する無鉄砲で知略家で腕っぷしの強いデルローズ青年の強烈な個性が、ぐいぐい物語を牽引してくれます。また、デルローズの義弟ベルナールもデルローズに負けず劣らずの才気煥発を発揮するので、二人のバディものとして楽しむことも可能です。二人がルパンシリーズに見られるような変装やトリックを多用することは無いものの、フランス対ドイツの「謎解き」を中心に据えたミステリの様式はしっかりと出来上がっています。

 

    一方で、正統な「ルパンシリーズ」の一作としてはオススメできないのが正直なところ。

    フランス中に伝播する生々しい戦禍から、目を覆いたくなるような物語のオチまで、あくまで第一次世界大戦を題材にしたフィクションとして、また、戦争小説の一つの入門書、派生作品として、興味のある方にはぜひ手に取ってほしい一作です。

 

    戦争の火種が燻り続ける今復刊されれば、もっと多くの人に読まれるのかもしれません。もちろん、読まれないほうが状況としては良いとは思いますが…

では!