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『曲がった蝶番』ジョン・ディクスン・カー【感想】ホームラン級の一作

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1938年発表 ギデオン・フェル博士9 三角和代訳 創元推理文庫発行

 

 ギデオン・フェル博士シリーズはこれで9作目になりました。少しだけおさらいをしておくと、彼の初登場作は『魔女の隠れ家』(1933)当時は“辞書編纂家”という肩書でしたが、その後はロンドン警視庁の非公式な顧問として多くの難事件に関わってゆきます。

 カーの想像した主な三人の探偵たちは、全員が尖った個性を持つキャラクターです。“法の執行者”を体現する悪魔的なアンリ・バンコランや、“生粋の軍人”を絵にかいたようなヘンリー・メリヴェール卿と違って、“天才肌”でありながらちょっぴりお茶目なフェル博士は、ミステリ初心者にも親しみやすいはずです。

黄金の羊毛亭で、フェル博士を長嶋茂雄に、H・M卿を野村克也に例えていたのが衝撃的すぎて忘れられません。もう、そうとしか見えない。

 

 正直なところ、これまでフェル博士シリーズは(言い方が悪いですが)第6作『三つの棺』だけ読めたらいいな、という軽い気持ちと惰性で読み進めてきたところがありました。各長編ごとに新たな読者への挑戦と実験精神が詰まった力作ぞろいではあるのですが、『三つの棺』ほど完成された長編には出会えませんでした。既に擦り尽くした評ですが、カーの作品が「出来不出来の差が激しい」というのは、あながち間違っていないのかもしれません。

 しかしながら、本作『曲がった蝶番』は違います。間違いなくホームラン級の一作です。打率で言うと2割2分2厘ですから、安定感はありませんが「当たったら怖い」がぴったりの外国人助っ人として、これからも読書リストのクリーンアップをまかせたいところ。フェル博士の巨漢を活かした豪快なフルスイングを見ると、やはり美しいアーチを期待してしまいますし、実のところ打球(その他8作)の軌道は悪くありません。

 

 なんのこっちゃわからなくなってきたので、話を戻すと、ブラックホール並に強い引力を持つ導入部と、金城鉄壁の不可能犯罪。そして、次第に濃度が増す怪奇趣味と脳を直接揺るがすような圧巻の解決編。これだけで、読む価値としては十分すぎます。フェアプレイの点で多少の難があるのは否めませんが、解決編の意匠・演出についてのみ言えば、満点を上げたいところ。たった一文で視界がぐんにゃりと歪んでしまうような(真相と言う意味では視界はくっきり晴れるわけですが)衝撃的な真相は、その性質ではなく、明かされるまでの綿密な空気づくりが巧妙です。

 

 やっぱりあらすじだけ簡単にご紹介しておきましょう。村の権力者である准男爵のもとに、本物の准男爵を名乗る男が来訪します。どちらも本物を主張する摩訶不思議な状況の中、ついに事件が…この魅力的な発端が、奇怪な小道具の影響で予測不能の事態へと進んでいきます。この続きは是非とも実際に本書を手に取って体験してください。シリーズ作品の良さを阻害する要素がないため、単体でも十分楽しめるはずです。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 のこのことやってきたパトリック・ゴアと家庭教師のマリーに死亡フラグが突き刺さるなか、読者をあざ笑うかのように、カーはファーンリーを殺してしまう。なんだこれ。これだけで並の作家じゃない(知ってる)。しかも、ほぼ完ぺきな不可能状況も成立させてしまっている。

 ぱっと思いつくのは紐に付いた凶器を手繰り寄せてファーンリーの喉元に突き刺す方法(具体的な方法はちんぷんかんぷんだが)。これなら、背後や茂みの中に身を隠していれば何をしているかわからないし、ファーンリーの近くにいなくても実現可能だ。

 そして、この方法なら唯一の目撃者ノールズを含め、多くの人物に嫌疑が生まれる。目撃者ノールズ自身が犯人なら面白そうだが…

 

 まずは、ファーンリーが殺された理由(動機)を考えなければならない。自殺は端から問題外として、指紋帳の存在だけでファーンリーが偽物の准男爵だと想定できる。指紋帳の真贋や、ゴアとマリーの共犯関係の有無がどうあれ、ファーンリー殺害の動機には絶対にならない。

 死んだところで指紋の照合はできるし、彼の死を望んでいた人物に見当もつかな…と思っていたが、もし彼が本当に偽物(わかりにくいな)だとしたら、真っ先に彼を憎むであろう人間がいた。

 妻のモリーだ。彼女は幼少期から、ファーンリー(当時は本物)に対し偏執的な愛情を注いでいた節もあり、長年愛情を傾けていた男がファーンリーではなかったと知ったなら、その裏切り行為への報復として殺したくなるに違いない。

 

 ただ、殺害方法についてと、事件と自動人形〈金髪の魔女〉との関連性がわからない。メイドのベティの証言「古い人形の膝のところに目が合ったんです(頁289)」からすると、人形の中に隠れて人形を動かした可能性が見えてくるが、頁211ではエリオット警部の手によって「なにかが入る余地はない」と否定されている。

 悪魔信仰やヴィクトリア・デーリーの死などはモリーを指し示しているように見えるが、ハウダニットが難題。ここらで降参。

 

推理

モリー・ファーンリー(偽ファーンリーの裏切りを知って、憎悪による殺人)

 

真相

パトリック・ゴア

モリー・ファーンリー

 いやはや、完全にやられました。冒頭からやけに手の込んだ会談だなあとは思ったのですが、殺人そのものも計画の内だったとは驚かされました。

 あと、これは完全に自分のミスですが、〈金髪の魔女〉に「小さな子ども(頁211)」が入れるくらいのスペースがあった記述を読み落としてました。そのほんの少し前にエリオット警部が否定してるので、完全に気が抜けていたようです。

 さらに、自分の想像力が乏しいのか、ファーンリーの『曲がった蝶番』に関する記憶と、両足が切断された経緯については、そこまで巧いとは感じませんでした。もちろんゴアの告白にはゾッとしましたが…

 

 当初はほとんど軽蔑しあっているように見えたモリーとゴアも、真相を知った後よくよく読み返してみるとガラリと見え方が変わるのは、読者が思っている以上にカーの登場人物たちの書き込みが巧かった証でしょう。

 また、変装や自動人形の操縦や殺害方法など本件を構成する要素全てが、サーカス経験を蓄積したパトリック・ゴアを指している点も見逃せません。

※ダミーのヤヌスの仮面や、タイトル『曲がった蝶番』もパトリック・ゴアに関連しています。

 

 最後に、これ凄くない!?というところを一つだけ。

真犯人ゴア、どこから消えた?どこまで出てた?

 創元推理文庫の【新版】で確認してみたところ、なんとゴアが最後に表舞台で喋って存在感を出したのは、まだまだ物語中盤であるはずの頁213が最後でした(ゴアの存在確認だけで言えば頁235)。しかも内容はようやっと自動人形〈金髪の魔女〉の実物を検証する、というまだまだ発展の段階。

 その後しれーっと姿を消すわけですが、なんの違和感も無いのには目を、というか自分を疑いました。あれ?ずっと出てた気がするけど…でも出てないんですよ。

 

 物語の進行通りに辿ってみると、その後ファーンリーの検死審問が開かれるのですが、ここでもゴアは目立ちません。ちなみにモリーの存在が確認できるのはここ(頁231あたり?)が最後です。ここで彼らを隠すのは、フェル博士顔負けの巧みな弁舌を披露するマデライン・デイン。彼女の円転自在な証言のおかげで、読者はファーンリーに隠された秘密にのめり込む反面、どんどんゴアとモリーの印象が薄れてゆきます。

 その後舞台は転換しますが、ゴアとモリーには掠ることなく、マデラインとペイジによる、ヴィクトリア・デーリー事件の謎解きが始まります。本書冒頭から仄めかされている事件だけに、読者はこの箇所にも意識を持っていかれます。もちろんゴアとモリーは蚊帳の外です。

 さらに、畳みかけるように、〈金髪の魔女〉が恐ろし気に登場し、またまた舞台はフェル博士の元に返ります。

 そして、ようやく〈金髪の魔女〉目撃者ベティの証言が語られる(正直遅いくらいなのですが)のです。これまた、事件の謎の解明に必須である、という雰囲気が満ちているので読者は目を離すことはできません。このころには、完全にゴアとモリーの存在を忘れています。

 これらが消化されてから、第一の解決編と相成ります。しかし、ここでもフェル博士は

ゴアさんにも使いを出したよ。-レディ・ファーンリーも呼んでもらえんかね。(頁304)

と言うだけで、結局彼らはそのまま姿を消してしまうのでした。

 

 作者カーによる犯人逃亡までの時間稼ぎが、あまりにも美しく、かつ物語としても全く面白さを損なうことが無いのはとにかく素晴らしいと思います。それだけ、謎の魅力の力強さとそれを飾りつける怪奇要素の水準が高いということでしょう。

※ 検死審問でのゴアの落ち着いた様子も、〈金髪の魔女〉が明るみになった時点(頁213)で形成の悪さを察し、心ここに在らずでせっせと逃亡計画を練っていたから、と考えると、味わい深いものがあります。

 

 

 

ネタバレ終わり

 ネタバレ感想の方で、書くうちにどんどん熱が上がってしまったせいで、もうこれ以上書くことが思いつきません。ネタバレの最後にも書いた要素が、個人的にはかなりツボったので、ぜひ多くの方に読んでいただいて、感想を聞いてみたいところ。

 カーの作品の中でもベストオブベストかと聞かれるとそういうわけではないのですが、印象に残るという意味では強烈ですし、『三つの棺』に次ぐ(今のところ)名作とは言えそうです。

では!