『その犬の歩むところ』ボストン・テラン【感想】お涙頂戴仕ります

2009年発表 田口俊樹訳 文春文庫発行

 

必殺仕事犬ギヴに睨まれたら最後、涙腺をしっかり締めるのをあきらめなければなりません。涙腺崩壊、感涙必至のヒューマン(ドッグ)ストーリーです。

 

アメリカの全国民に深い悲しみと癒えぬ心の傷を刻み込んだ9.11という未曽有のテロ、ハリケーン・カトリーナという抗えない自然災害。これらがほぼ同時期に起きた激動のアメリカで、懸命に生きた人々と一匹の犬がいました。本書はその犬“ギヴ”を中心にめぐります。

 

犬と生活を共にした経験がある人には絶対に読んで欲しい

本書は犬が主人公なわけですから、もちろん喋ったり物を書いたりして意思表示することはありません。しかし、ギヴは、目線や仕草を通して実に多くのことを登場人物たち(と読者)に語り掛けてきます。

また、ギヴが置かれている状況や、ギヴのとる行動一つひとつには、必ずなんらかの意味があり、それを汲み取ることができるのは、やはり犬と多くの時間を共有した人たち、少なくとも犬という存在から何かを感じ取った経験のある読者でしょう。

 

かくいう私も、幼少期ムツと名付けた(ムツゴロウさんからとった)パグと柴のミックスを飼っていました。今思えば、一緒に遊んでいたと言うより遊ばれていたに近い関係性ではありましたが、膝の上にムツを乗せ、何をするでもなく夕日を眺めたあの日、なんとなく「俺たち、今通じ合っている」と気持ちの悪いことを感じた矢先おしっこを引っかけられた記憶は鮮明に残っています。

 

犬が好きでない人も絶対に読んで欲しい

冒頭、感涙必至とか言いましたけど、実際に感動を覚えたのは、ギヴと人々の触れ合いだけでなく、苛烈な環境の中必死で生きようともがく人々の姿に触れた時。

登場人物の記憶の中でしか登場しないような人物でも、一つひとつのエピソードが微笑ましく、そして愛おしい。それら珠玉のエピソードを余さず紡ぎ、語り手として読者に提供するのが犬のギヴなのです。

 

 

作者ボストン・テランが英国推理作家協会の新人賞を受賞(1999年『神は銃弾』)するほどミステリとサスペンスの手腕に長けているだけあって、巧みな伏線とそれによって引き起こされる感動的なサプライズも見どころの一つ。

生と死を扱う重い側面もありますが、その本流は清々しく、荒んだ世界を照らす一筋の温かい光のような愛に満ちた作品です。たまには、こんなのも悪くない。

では!