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『ささやく真実』ヘレン・マクロイ【感想】浅見光彦系が好み

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1941年発表 精神科医ベイジル・ウィリング博士3 駒月雅子訳 創元推理文庫発行

 

典型的な悪女と彼女のドス黒い計画、そしてそれに触発され起こる怪事件。ミステリのテンプレとも言える導入部ですが、ここに浅見光彦系主人公(警察がその正体を知らない名探偵)を演じるウィリング博士と、個性的な登場人物たちが配役されると、巧妙なプロットと想像力を掻き立てられる物語が用意された、素晴らしいミステリに仕上がります。

 

事件が起こるまさにその瞬間まで、小さなサプライズが用意されているのが面白いのですが、それでも肝心要のところは絶妙・巧妙に隠されています。このように、ある程度事件の結末(決して犯人ではない)が見えそうでも、その過程や遷移が中空になっているので、数学の証明問題のように筋道立ててひとつずつ答えに近づく形ではなく、穴あきのパズルを組み立てていくような構成が光を放っています。

 

また、メインの物語だけでなく挿話にも一捻り加えられているのも見逃せません。事件とは別の舞台でウィリング博士が会談する舞踊家との一幕は、それ自体がひとつの謎を提示していながら、間接的に本書の謎にも関わってきます。

ここでは前作『月明かりの男』に登場する人物が再び顔を出すため、先ずはぜひ前作から読んで欲しいところ。

 

犯人当てだけにフォーカスしてしまうと、綱渡り的なやや危なっかしい印象を受けますが、ミスディレクションはちゃんと機能しているので、(途中までは)少なくとも二度三度と翻弄されるはずです。

ただ()のとおり、正々堂々と手がかりが提示されすぎるせいで、終盤になると犯人は見え見えの状態になってしまうのも事実。とはいえ、真相がわかって尚楽しめる作品なのは間違いありません。

再読すると今までの景色がガラッと変わって見える箇所があり、作品の奥深さも感じます。

 

前作、前々作と違い、心理学的な大仕掛けはないので、精神科医探偵の大技を期待するとやや肩透かしを食らう可能性がありますが、ウィリング博士の着眼点、真相への嗅覚にはただただ脱帽。

今までさらりと流されていた手がかりの数々を元に、怒涛の如く犯人へと迫って行く解決編は圧巻です。真相の見え易さというネガティブ要素を気にしなければ、物語の面白さ、オチの味わい深さ、論理的な美しさの点で傑作と呼ぶにふさわしい一冊だと思います。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

自身の利己的な目的のためだけに他者を破滅に追い込む悪女。この設定は大好きだ。この手の人物を殺すとなると、クリスティの作品のテンプレにもあるように人間ドラマがある程度重要になってくる。

事件が起こるのが100頁を超えてからとはいえ、不穏な空気が充満し、爆発寸前になる瞬間が堪らない。

暴露合戦の対象者のうち誰かが犯人であるに違いなく、一定秘密が暴かれた後、さらなる秘密(殺人)を抱えて話が進むのも良い。

 

怪しいやつだと地元警察に睨まれるウィリング博士も好き。浅見光彦シリーズが大好きなのでニヤニヤしてしまう。早く警察関係者だと言ってよウィリング博士!

 

登場人物の中で一番怪しく見えるのはチャールズ

耳が聞こえないのが本当なのかも怪しいし、クローディアの会社の経営者で、資金の使い込みやストを手引きしていた可能性もありそうだ。

 

一方で終盤に差し掛かり、最有力容疑者に名乗りを上げたのは、複雑な和音を聞き分ける(頁218)ほどずば抜けた耳を持つロジャー。そういえば、ほかにも耳が良い描写があった気が…どこだったっけ。

あと思い返してみると、彼だけノボポラミン(自白剤)を飲んでいない。クローディアに薬を盗まれた事実を唯一知っていた人物として、薬を飲まなかった言い訳も完ぺきだし。動機は…まあ痴情の縺れ?みたいな感じで。

 

推理

ロジャー・スレイター

結果

勝利

うんうん。ほぼ完勝と言っていいでしょう。

思い返してみると容疑者候補として、耳の聞こえないふりして振動でバッチリ聞こえている超人と、耳が超絶良い超人が登場する耳ミステリでした。

 

最後の最後、ウィリング博士の仕掛けた罠はさすがに強引で引っかかる犯人も馬鹿だな、とは思いますが、不思議と読後感は悪くないんですよねえ。

犯行方法から犯人が医学に長けている人物だと示したり、ノボポラミンの効能から犯行可能なのがロジャーただ一人だった、など聴覚以外の重要な手がかりからも的確に犯人を指し示すウィリング博士の卓越した手腕のおかげでしょうか。

 

また、若林踏氏の巻末の解説

謎解きが終わった後にこそ、真のドラマが始まるのだ。

の通り、再読して改めて犯人の葛藤や憎しみが文脈から溢れてくるからかもしれません。

本格ミステリで人間ドラマも楽しみたい人間にしてみれば、この手の作品の方が好みです。

 

 

 

ネタバレ終わり

この例示が正しいのか、また、的確に指摘できる部分もないんですが、どことなくクリスティが書きそうな、黄金時代初期の雰囲気も感じます。決して“古き良き”というわけではなく、新しい要素も織り交ぜつつも懐かしさを感じる作品です。

では!