物語のクセがすごい【感想】G.D.H.&M.コール『百万長者の死』

発表年:1925年

作者:G.D.H.&M.コール(夫妻)

シリーズ:ヘンリー・ウィルスン警視2

訳者:石一郎

 

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。本年も僕の猫舎をどうぞよろしくお願い致します。まだまだ昨年の読書感想が残っているので、まずはその消化から。

 

 

本書『百万長者の死』が発表された1925年といえば、クロフツが『フレンチ警部最大の事件』でフレンチ警部を初登場させ、バークリーが“”という名義で『レイトン・コートの謎』でデビューし、ノックスが異色作『陸橋殺人事件』を発表するなど波乱に満ちた年。

そんな年に、ジョージ・ダグラス・コールマーガレット・コールという、二人そろって社会主義活動家で経済学に長けた夫婦が発表したのが本作になります。教養高い二人が共に作っただけあって、「お高い」「退屈な」ミステリという印象を与えがちなコール夫妻ですが、実際はどうなのでしょうか。

コール夫妻の他のシリーズの中には、本作のウィルスン警視シリーズ以外にも、私立探偵である息子を助けるワレンダー夫人シリーズ、なんてのもあるみたいです。絶対面白いよなあ…

邦訳化されている作品は入手難易度が高く激レアですし、邦訳化も少ないのでこれからどんどん紹介してほしい作家の一人です。

かくいう本書も↓こんな具合なので、併せて復刊してもらえると助かります。


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ISBNコードすら存在しない…


あらすじ

ロンドンで最高級のホテル、サグデンホテルに滞在する傑物イーリング卿は、秘密の会談を行うため交渉相手レスティントン氏を待っている。待てど暮らせど姿を現さないレスティントンに業を煮やした卿が彼の部屋に飛び込むが、そこはもぬけの殻にもかかわらず、紛れもない犯罪の痕跡があった。部屋から消えたロシア人秘書と鉱石の山、そして彼らの秘密裏の盟約には何の意味があるのか。

 

結構多めにあらすじを紹介してしまいましたが、基本的にずーっとこの謎を最後まで引っ張るので楽しみを削ぐことはないはず…

イギリス一の富豪で、政界の有能な権力者で、大企業の社長という傑物がしゃしゃり出て物語を搔き乱すので、いち警察官が地道に捜査を進めるのも一苦労。(彼は違う百万長者)

関係者たちが一様に本当のことを言わず口を閉ざす、という圧倒的不利な状況下で、ヤードの担当警部ブレーキと上司ウィルスン警視が苦労を重ねながら少しずつ真相へと迫ってゆきます。

たしかにこの地道な過程だけ見ると、クロフツっぽいっちゃあぽいのですが、物語の筋にも着目してみるとドラマチックさはホームズものを彷彿させますし、ブレーキ警部とウィルスン警視のバディものとしても楽しめます。

さらに肝心要の事件の真相については、(ぼんやりとしか言えませんが)さすがコール夫妻と唸らされるだけの風刺があふれた厚みのあるネタになっているので、ぜひ多くの読者に体験してほしいところです。

そして最後に待ち受けているのは、ブラックよりの皮肉に満ちたオチ。1920年代にあって、これだけメタ的要素を出した作品はかなり珍しいと思います。

 

なかなか容易に手にすることはできないかもしれませんが、王道な1920年代の本格ミステリの中でクセがすごい一品として、古本屋で見つけたらぜひ手に取っていただきたい作品でした。

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

死体消失、とくればやはり、そもそも死体が無かったと疑いたくなるところ。

そうなると先ず疑いたいのは部屋に閉じ込められていたカルペパー氏。ラドレット(レスティントン)の死体を見た、というのはカルペパーただ一人の証言によって支えられている。

しかしながら自分で自分を縛ることはできないので、単純に考えるとカルペパーは容疑者と共犯しラドレットを殺害したように見せかけ、ローゼンバウムという案山子を用意したことになる。

 

一度、もう一人の重要参考人ジョン・パスケット(と名乗る)人物の視点で考えてみよう。

彼曰くラドレットとともに脱獄したらしいが、中盤以降ラドレットがすでに死んでいる、という情報が飛び出す。

ではなぜパスケットは嘘をついているのか。

間違いなくラドレットの財産を端に発する詐欺事件に違いない。

 

一方でカルペパー一家の動静にも進展があり、なんらかの策謀の様子も見られる。

中心にあると思われる、故ラドレットの特許事業と、それを欲するイーリング卿、財産(権利)相続に一口乗ったカルペパー、そして相続人パスケット、で事件は完成だろう。

 

推理

犯人なし(ラドレットはすでに死んでいる)

事故を偽装しただけ

結果

うんうん。大筋は合っていました。

合って、というよりか、全て順序立てて丁寧に説明されるので、それをそのまんま順番に読んだだけなんですけど…笑

 

話の面白さはもちろん、物語が進むにつれて悪党の顔になってくるイーリング卿がいい味を出しています。悪党と探偵、という構図だけではなく、悪党とその甥という別軸の対決が用意されているのも巧みです。

また、詐欺に加担した大悪党にもかかわらず、持つ権力故に正面から抗えない、というのも皮肉が利いています。

 

一口にこんなミステリですよ、と言えないのが実に良いですよねえ。社長が自社の利益を最優先に詐欺をはたらくという点では企業犯罪なんですが、一方で社長も騙されていて殺人事件の真相を知りたいわけで、根底にはしっかりと殺人事件を追及する流れができています。

挿話に注目すると、はたしてパスケットはクロかシロか怪しげな人物として映るので、殺人か事故なのではないか、という雰囲気も漂ってきます。

じっくり読み込めば、もっと味わい深くなる作品かもしれません。

 

 

 

ネタバレ終わり

従来の型にはまったミステリを期待する読者なら肩透かしを食らうこと間違いなしだとは思います。

なので一度先入観を取っ払って、トリックの秀逸さやプロットの出来だけではなく、ストーリーテリングの巧さに着目して読むと、その輝きがしっかりと感じ取れるはずです。

では!