発表年:1937年
作者:J.D.カー
シリーズ:ギデオン・フェル博士8
訳者:橋本福夫
粗あらすじ
雪片ちらつく冬のロンドンに青年が一人佇んでいる。冒険旅行の終着点であるホテルの前で彼の前に舞い落ちたのは、雪片と見紛う一ひらの紙片。純白の招待状にいざなわれ、殺人事件の渦中に投げ込まれた青年が荒波の中縋り付いたのは、名探偵ギデオン・フェル博士その人だった。
…なんですかこれ。力入り過ぎて、変な感じしかしないですけど、冒頭(事件への導入)からかなり手の込んだ展開にはなっていると思います。
計らずして重要参考人となってしまった青年という偶然の要素も面白いのですが、事件自体がそもそも途中経過であり、現在進行形であり、幕間劇扱いなのですから驚かされます。
ただでさえ難解な不可能犯罪なのにも関わらず、探偵として過去と現在、そして未来の三方向に推理を働かせるのは至難の業です。
また、摩訶不思議な方法で行われた犯罪に添えられている、意味ありげなホテルの平面図と奇怪な登場人物たちがまた作品の雰囲気にマッチしています。それらの手がかりを元に、正体不明の制服の人物や密室などの立体的な謎を解かなくてはならないのですが…
ネックはやはり解決編、いや解決そのものです。
一つひとつの手がかりから導き出される(であろう)真実を順に並べてゆくと、たしかに回り道無く本書の真相に導かれるのですが、真相から逆算して構成されたような強引さがあるので、驚愕のサプライズに反して読後感は悪いです。
また、登場人物の無個性さの所為もあって、そこまでワクワクできる読書体験にならないのも問題の一つ。もちろん訳の古さもあるんでしょうけど…
真相のインパクトの強さゆえ印象に残る、と言えば聞こえは良いですが、多少のミステリ経験者でカー愛がないとお世辞にも名作だとは言えない一作かもしれません。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
冒頭から、やりすぎちゃってる感満載で、「おれ今カー読んでる!」という変な高揚感すら感じる。
ケントの不運はあっさり解決され、腑に落ちないところだらけなのだが、まあここはスルー。
もし彼が犯人だったら、こんな手の込んだ無銭飲食の茶番を演じる必要は無いし、第一の事件ロドニー殺しにもアリバイがある。
正直ロドニー殺しが過去のもので、回想でしか事件が語られないのがどうも気になる。一見ジェニー殺しが本命のように思えるが、もしかするとロドニー殺しこそ本命なのかもしれない。
一方で後ろ暗い過去があるっぽいジェニーの線も捨てられない。
そうなると、彼女の過去と関係がありそうな人間がゲイ卿だけなのが悩ましいところ。
あとはベローズが見たとされる、制服姿の男?が全然わからない。ホテルという衆人環視の中でどうやって犯行を犯したのか、手がかりもほとんどない(ように見えるだけ)のでお手上げ。
推理
…マジでなんも浮かばねえ
結果
リチー・ベローズ
ウソだろおい。
論争の種になりそうな“秘密の抜け道”については、そんなに文句があるわけじゃないんですよねえ。
むしろ、これはカーらしいというか、逆にアンフェアと言われないような心配りに余念がないので、まあ納得できるトリックでした。
それでもやっぱり釈然としないのは、物語の順序が面白くないからかもしれません。
ホテルでの密室トリックが盲点を突いた堅実なトリックなので、カー自身最初に持ってきたかった、ってのはわかるんですが、事件の順番をちゃんと時系列で紹介したほうが、ベローズの登場や異様さがちゃんと記憶に残るし、ずっと刑務所にいるという不可能状況も目立ってくるので、第二の事件でも読者を効果的に誘導できたんじゃないでしょうか。
となると、やっぱり無駄なのは、冒頭のケントが死体を発見するくだり。
一番怪しげな人物が初めに2人捕まる、という対比を見せたかったのであれば、ケントを軽々しく放免してはいけないし、捕まっていればそれだけミスディレクションの幅が広がっていたハズなので、なにかがほんの少しだけ違っていれば、もしかすると名作に食い込むミステリになっていたかもしれません。
あと触れておきたいのはタイトル「死者はよみがえる」(ポケミス版は「死者を起こす」)ですよねえ。
4か月も前に読んだミステリなのにもかかわらず、犯人も動機もトリックもかなり印象に残っています。
それだけ個性の強い作品なので、ぜひ多くの人に体験してほしいミステリではあるのですが…
カーの作品の多くに該当することですが、決して初心者向けではないので、できればカーの作品をいくつか(ホラー風の『夜歩く』やゴシック風の『魔女の隠れ家』)を読んでから、気が向いたらで良いのでチャレンジしてください。
では!