ファンタジー世界への憧憬の原点【感想】J・J・R・トールキン『指輪物語/旅の仲間 上1・2』

長々と自分の偏愛ぶりを語る必要はありません。

自分がファンタジーに求めているものすべてが詰まった作品、ファンタジーというジャンルに感じる強い憧憬の原点となっている作品、何度見ても胸が高鳴り体が熱くなる作品、それが『指輪物語』です。

映画は毎年見返しているのですが、恥ずかしながら原作は未体験。いやチャレンジはしているのですが、2回も挫折しているのです。

 

海外文学の読書にも慣れ、理解力もついてきた今なら、世界観をしっかりと叩き込んだうえでじっくりと読むことができるのではないかと思い、ついに『指輪物語』の第一部『旅の仲間』の上(しかも2巻)を読了しました。

すべてのファンタジー作品の祖である壮大な一作ですから、記録のためにも、感想を書いておきたいと思います。

 

※ちなみに今回読んだのは評論社から刊行されている文庫版の『指輪物語【新版】』です。構成や引用するページ数は文庫版を参照しています。

 

序章を超えることができるか

まずファンタジー初心者を振るい落とす「序章」がカギ。ここでは、本書の中心となる民族であるホビットやその文化、物語の核になる「指輪」の歴史についておさらいされています。

ボリュームはざっくり15,000~20,000字くらいで、短編ミステリ1作くらいと考えれば、全然苦にならない容量ですが、中身は初めて聞く固有名詞や表現も多々あって自分の2回の挫折もココです

ここを飛ばしても、物語には支障はないのですが、前作『ホビットの冒険』を読んでいない限り、物語の“繋がり”が本書の重要なキーワードでもあるため、一度は読んでおきたいところ。本編と並行しながらでもいいので、できるだけ根気強くこの「序文」を制覇してほしいと思います。

 

おはなしと感想

ひょんなことから魔法の指輪を譲り受けたホビット族の青年フロドが、その指輪を魔王サウロンから守る(滅ぼす)ために数多の試練を乗り越え、多くの仲間たちと出会い別れを繰り返しながら旅をする物語。

 

改めて見返してみると、『指輪物語』ってのは確かに読む人を選ぶファンタジーだとは思います。

『旅の仲間 上』では正義の騎士と闇の魔王の火花散らす剣戟もないし、光り輝く魔法も屈強なドラゴンも現れません。

本書で描かれるのは、フロドが過酷な旅を行うことを決意する心の動きや、彼を支える暖かな仲間たちの姿であり、長旅の疲れを癒すチーズやパンを中心とした食事と、満天の星空の下で酒やパイプを飲む僅かな安息の時間の描写。ページを繰るごとに目まぐるしく変わる情景描写と、魔王が送った刺客から逃れるための緊迫の逃走劇。

 

子どもが読めば少し退屈かもしれない、素朴で派手さの無い旅物語ですが、これこそ現代人に読んでほしいファンタジー作品です。

つまり、本書は休息の無い現代人にとってひと時の逃避の場であり、冒険を体験できるという点で幻想でありながらその中身は理想にもなる。そんなファンタジー作品なのです。

 

省略された挿話と設定

物語のネタバレ回避のためざっくりとした紹介にはなりますが、映画ではだいぶ省略された挿話や登場人物の設定が多々あります

なので、映画を鑑賞済みの方でも間違いなく新しい発見があるはずです。

 

以下に気づいた点のみ(あくまでざっくりと)羅列しておきます。

  • 上(かみ)のエルフたちとの一晩(上1・頁186)
  • メリーピピンがフロドにしかけた計略(上1・頁238)
  • 古森のエピソードとトム・ボンバディルとの出会い(上2・頁7~)
  • 塚人による危機(上2・頁68~)

 

上1のメリーとピピンのエピソードは胸が温かくなるお話ですが、がっつり映画では省略されていました。これすっごい大事でしょ。

 

あと一行のリーダー格であるアラゴルンが映画の数倍かっこいいです。

映画でもなかなかの頼もしさを醸し出していたアラゴルンですが、原作には遠く及びません。しかもまだ、たった「旅の仲間 上」なわけです。こっからどんどんカッコよくなると考えるとワクワクが止まりませんねえ。

 

魅力的な食事に歌に踊り

ホビットという種族が、食べて飲んで歌ってという歓楽が大好きなため、物語の中にもたくさん食事シーンや魅力的な歌が登場します。

歌に関しては、残念ながら原文の語感がわからないのと音色の節が不明なため、その雰囲気全てを掴むのは不可能です。しかし、その陽気な歌詞と食卓を囲む面々の描写があれば楽しむには十分。

 

テーブルにはご馳走が並んだか?よしよし、あるな、黄色いクリーム、ハチの巣に入った蜂蜜、白いパン、そしてバターにミルクにチーズ、それに摘んできた緑の野草に熟したベリー。

大きな杯にはいった飲物は透明なただの水のように見えましたが、まるでぶどう酒のような酔心地となり、おじけずに声が出せるようになりました。客たちは、自分たちが愉快に歌っていることに突然気づきました。歌うほうが、話すよりもやさしく自然であるかのようでした。

引用:評論社『指輪物語 旅の仲間上2』頁44・46

 

素朴な素材そのまんまの食事が、これほど美味しそうに、また摩訶不思議な飲物にこれほど魅力を感じ、楽しく愉快な雰囲気を感じる作品はまあありません。

 

今後、フロド一行の旅は、より一層過酷さを増し、魔法の指輪をめぐる壮大な冒険ファンタジーへと発展していくわけですが、本書は非日常でありながらとても身近に感じる温かいファンタジーとして、ぜひ多くの人に触れてほしい傑作です。

まだまだ物語ははじまったばかりですが、定期的に読んでいこうと思います。

では!