無垢って何だろう【感想】ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』

発表年:1954年

作者:ウィリアム・ゴールディング

訳者:平井正穂

 


定期購読しているうさるの厨二病な読書日記さんでおすすめされていた、気軽に読める退廃的な世界名作文学の中からビビッと来た1冊を読んでみた。

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特に「無人島に不時着した少年たち」の部分にビビッときた。

 

子どものころから『ロビンソン・クルーソー』『トム・ソーヤーの冒険』『宝島』『十五少年漂流記』などの冒険小説が大好きだったので、もろ『十五少年~』やないか、とテンションが上がった。

実際読んでる途中も、美しく細やかな情景描写が多いため「良い冒険小説じゃないか」と錯覚を起こしそうになるほど。


たしかに、気軽に読め、退廃的で、世界的名作なんだろうな、とは思ったのだが、本作の感想を自分の心に留めておくだけでは、どうにもいつものように直ぐミステリに食指が向かず、何か心につっかえているような気がしないでもない。

とりあえず、覚書程度でも良いので感想を書いてみたい。

 

 

『蝿の王』ははたして何小説なのか?

かなり読者に委ねられているような気がしている。

文学なんてのは大概そうなのかもしれないが、おまかせされるのは苦手だ。だから探偵がいて犯人がいて、というシンプルなミステリが肌に合うのかも。

 

人間の生まれながらに持つ根本悪や獣性の部分を曝け出したヒューマンサスペンスなのかもしれないし、人間の極限状態を描いたリアル志向のホラー小説なのかもしれない。

キリスト教についての知識が少しでもあれば、含みのある描写や連想させるシンボルの多くに気付く人もいるだろうし、もっと遠くから眺めれば戦争小説だとも言える(かもしれない)。

 


自分の場合は、冒険小説を含んだ青春小説っぽい感じ…だろうか。

 

今回読んだ新潮文庫版(平井正穂訳)の効果か、たしかに、終始言い表せぬ不穏な空気が充満していて独特の恐怖を感じることはできるのだが、一方で島の描写や光の射し方、波の動静や風の心地よさなど、自然の美しさのメリハリがリアルに描かれていて、ドキドキワクワクする瞬間も確かにあった。

自分が変なのだろうか。

 

そんな美しくも厳しい環境の中で彼ら少年たちはごく自然に適応し、行動する。

 

『十五少年~』を読んだ影響が少なからずあるのかもしれないが、『蝿の王』で語られる物語は、表と裏というか、可能性の提示に過ぎなかった。

 

同じような環境に閉じ込められ、精神的身体的に追い込まれた人間が何をするのか。

 

恐ろしさを感じないことはないが、それでも受け入れざるを得ない説得力が作品にはあるように思う。ああ、そうだろうな、という感じ。

恐ろしさよりも、ただただそのリアリティに圧倒されたのかもしれない。

 

 

 

無垢ってなんだろう

本作の感想を見ていると、子どもの純真さや無垢さ、に紐付けて書いたものをよく目にした。そういった感想を読んでいると、自分の「無垢」という言葉に抱いていたイメージや意味について考えが変わってきたので、最後にそこに触れてみたい。

 

本来の意味、的なところは置いておいて、自分は「無垢」を真っ新でスポンジのような状態だと思っていた。

何にでも染まってしまうし、吸収してしまうイメージだ。

 

実際、本作でもそんな「無垢」さを抱えた子どもたちが多く登場する。

 

誰かが笑えば、笑う。泣けば、泣く。歩けば、付いて行く。ほんの一瞬触れたものの色に染まってしまうような、弱弱しく頼りない小さな存在。そんな子どもたちもいた。

 

ただ、読みえた時、その概念はくるりと180度覆った。

何にでも染まってしまうだけではない。それは、何にも染まらない、全てを弾き、拒絶してしまう無垢さだった。

例えるなら、新品の傘のように全ての雨水を弾き落としてしまうような「無垢」さ。

 

目の前の現実に始まり、死という概念。

寂しい、悲しいという感情。

故郷に帰れるかどうか、という不安。

そのために何をしたらいいか、という悩み。

策を考え付いても、成功する根拠がないという絶望。

 

そういった負の感情をラーフ(ラルフ)もピギーも、対立するジャックでさえも正面から受け容れ、受け止めることができなかった。

怖いときに、「怖い」と言えない、寂しくても涙を流せない、ある意味それが彼らの「無垢」さだった。

 

そう考えると、サイモンだけが「無垢」さを持つ子どもと、大人の狭間にいた存在なのかもしれない。

 


それらを踏まえて、改めて本作がどんな小説なのか反芻してみると、やっぱりものすごく変則的な青春小説だと思う。

しかも大人向けの。

 

大人向けの青春小説なんて言うとなんだか矛盾の塊のような気がするが、大人が青春時代に思いを馳せるという意味ではなく、どちらかというと教養文学的な、子育ての指南書(は言い過ぎか)っぽい話なのかもしれない。

 

例えば、本作を読んで、何事も秩序を与えなければいけない、子どもはしっかり管理監督して然るべきだ、などと考えるのはとてつもなく危険だと思っている。

 

目の前に安心・安全なレールを敷いてあげるのではなく、自ら道を切り拓こうとする子どもに、いつも寄り添うような姿勢が大事なのではないか。

 

本作に登場する島には野生の豚が住んでいた。

子どもたちは、自分たちだけで豚を狩猟し自足のための食料を確保するため奮闘するのだが、直接命を奪う、命をいただく、という大人でもなかなか体験できないことを、サラリと、何の教訓にすることもなく体験してしまっている。

 

自ら考え、行動したことが、実は生きる上でどれだけ大事なことなのか、隣に寄り添って示してあげるのが大人の役割の一つなのかもしれない。

 


以上、読み込みも浅く、多大な妄想も含んだ感想記事になってしまったが、是非多くの人に読んでほしい一冊であるのは間違いない。

しかも、幅広い年齢層の読者の意見が聞きたい。

 

本作は、実は時代背景についての情報が限りなく少ない。

戦争が起こっていて、子どもたちがイギリス人であることを除いて、情報はかなり少なかったように思う。

だからこそ、どの年齢層の人間が読んでも一定、情景は思い浮かべやすいし、筋も簡単なので、物語自体がよくわからない、ということにはならないのではないか。

 

さすがに年端もいかない子どもにはどうかと思うが、中学生くらいからなら、読んで理解できないこともないかな、と思う。

 

 

 

では!