発表年:1939年
作者:クレイグ・ライス
シリーズ:J・J・マローン
訳者:小鷹信光
さあ辿り着きましたよ。初クレイグ・ライスです。
ミステリ玄人の中でも愛読者が多い彼女の処女作をついに読みました。
“ユーモア本格”の代表格とも呼ばれる本シリーズですが、こういうのってユーモアの部分が合うか合わないかによって評価がガラリと変わるじゃないですか。なので、当記事の中では、ライス十八番のユーモア描写についての評価は置き去りにするつもりです。
今日の粗あらすじは省略します。
タイトルでも軽く予想ができるように、時計が三時に止まっているわけですよ。しかも惨事を添えて、ね…
冒頭に立ち込めるゴシック的な恐さにまず心を奪われます。どんな豊富な展開が待ち受けているか、不可思議な状況への論理的な説明がされるのか、期待がどんどん高まります。この冒頭は軽~くペロンとたいらげてしまえるはずです。
しかもこの『三時』というキーワードが全編通じてまるで呪いのように何度も何度も登場し、ホリーの見た悪夢との相乗効果でさらに雰囲気を盛り上げています。
また、登場人物が比較的多いのにも関わらず、すっきりとしていて難解でないのも、ライスの描写力の賜物でしょうか。
各人の紹介がなされ、最有力容疑者の弁護を依頼されたJ・J・マローンが登場して以降、ジェイク、ヘレンを加えたトリオによる、アドベンチャー満載の捜査が始まります。
トリオというのは、数多くのミステリの中でも注目すべき特徴かもしれません。しかも、そのうち2名がただの素人探偵で、3人とも呑兵衛とくれば、捜査だって簡単に進むはずがありません。
綿密な捜査で有力な物証や証言を手に入れるどころか、時には警察を出し抜き、またあるときには虎の穴に飛び込み、そこらの素人探偵にはまねのできないような波乱に富んだサプライズ満載の捜査(冒険)が、一つの見どころです。
登場人物たちが勝手に事件を掻きまわし、さらなる混迷を呼び込むという点においては、どちらかと言えばユーモアミステリというより、カーのいくつかの作品のようなファースミステリを連想させます。
全体に漂う雰囲気は、さすがと言うべきか、アメリカ発祥のハードボイルドに連なるような(良さを受け継ぐような)独特の暗さがあります。
特にナイトクラブやバーといった大人の社交場が多く登場する本作では、如何わしいシーンが多くないとはいえ、どこか常にほろ酔い気分のような、微睡の中にいるかのような空気が立ち込めています。
ただですねえ…それら派手派手しい演出の数々に目を奪われさえしなければ、ミステリに関しての難易度はかなり低めです。
中盤以降、新たな展開で上手く風呂敷を広げた気はしますが、冒頭及び序盤の伏線が簡単に回収されてしまうので、これもまた犯人当てに(必要以上に)手を貸していると言えます。
なので、ミステリの醍醐味と言えるサプライズ要素が高くない以上、どうしても普通の作品という評価に留まってはしまいますが、なによりも注目したいのは、さしずめダブルホワイダニットとも呼べる謎が解明される解決編です。単純に登場人物の背景や動機といった一般的なホワイの斜め上を行くある真相は、衝撃度は少ないとはいえ、最後に物語をキュッと締め括ってもらえる爽快さがあります。
個人的にはドンパチや美女とのアーンがいっぱいなハードボイルドが好みじゃないので、アメリカンミステリの入門書としてはかなり読み易い一冊なのではないでしょうか。
ネタバレを飛ばす
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
屋敷内の全ての時計が止まっていた謎は、殺害時刻の誤認しか考えられない。
事件までのあらましを聞く限り、生前被害者に最後に会ったホリーの兄グレンが犯人か。
あとは動機を探すだけ。
ただ目立ったトラブルもなく、金銭面での動機も推察できない。
中盤、東屋に潜む謎の男が出てきたが、これはたぶん序盤に仄めかされたホリーとグレンの父親だろう。
たぶんグレンは、伯母アレックスに知られてはまずい秘密(それが明らかになれば遺産相続が危ぶまれるほどの)があり、それをゆすり屋の父ミラーにバレた、というのが大筋か。
推理に関しては、それ以上の飛躍はできないのでここらで終了。(そこ手抜きとか言わない)
推理予想
グレン・イングルハート
結果
勝利
真相(犯人当て)に関しては、予想通りで驚きは少なかったのですが、動機と不可思議な状況を作り出した真相は中々良くできていると思います。
とくに、グレンがイングルハート家の人間でなかったという伏線は、
頁84
わたしたちはみんなイングルハート家だけの血筋なんだというふりをしていたんです。ことにグレンは。
というグレンの偏執とも受け取れる描写から既に巧妙に仕込まれており、一見飄々としたグレンの裏の顔が一瞬垣間見えるなかなか手の込んだ演出です。
もう一つ、全ての時計を三時で止めた理由ですが、殺害時刻の誤認トリックだけでなく手段としても用いられている点(罪を擦りつけたはずのホリーを、精神異常を理由に無罪を勝ち取るための手段としても活用している点)が秀逸です。
また、上記の真相が明かされた一行後にはスパッとミステリを打ち切って、ジェイクとヘレンの(決して薔薇色一色とは言えない)ロマンスに切り替えてしまうあたりに、ライスの特異な性質が窺い知れます。
頁328
だが、ジェイクはそんなことに興味は無かった。
が笑えます。
ネタバレ終わり
ちょっとロマンティックな書き方をすると、クレイグ・ライスのセピア調でリズミカルな文体からは、どこか壊れてゆく美、退廃的な美しさを感じます。
本作の序文でも語られているとおり、アルコールや身体の障がいによって擦り減ってゆく彼女の心が、そのまんま文章に叩きつけられているようで惹きつけられます。
これから集めたいシリーズになりそうです。(残念ながらシリーズ終盤の作品は未翻訳…)
では!