発表年:1930年
作者:S・S・ヴァン・ダイン
シリーズ:ファイロ・ヴァンス5
さてさて久しぶりのヴァン=ダインです。
思い返すと、前回から1年以上経っていたので、すんなり世界観に入り込めるか不安でしたが、なんのその、あっという間に古き良き本格ミステリの世界に誘われました。
たぶん、この前に読んだレックス・スタウト『腰抜け連盟』が、あまりに口に合わなかったからでしょう。本書を数ページ繰っただけで、こりゃうめえ!と大絶賛でした。なので、冷静な判断ができていない可能性もありますご容赦下さい。
まずは粗あらすじ
黄泉の神アヌビスの前に横たわっていたのは、復讐の女神の一撃によって葬られたエジプト学者。その死体の傍には犯人を指し示すスカラベ(カブト虫)を模したスカーフ・ピンが落ちている。この悪意漲る不可思議な状況にも、ヴァンスの目は曇っていなかった。全ての手がかりが指し示す真の犯人の正体とは。
400頁というやや重めなボリュームにしては、くいくい読み進めることができました。ここにきて特徴的なヴァン=ダインの手法が功を奏しているようにも思えます。
それがタイトルと併記された日時表記です。
事件の発端、第一章は7月13日の午前11時です。そして、終幕は7月14日の午後11時。
たった36時間で、複雑怪奇な難事件を解決してしまっています。
正直、全章通したタイムスケジュールだけ見ると、どうなんだろうと首を傾げたくなるのですが、読むと全く違和感がないのが不思議です。
詰め込んだ窮屈な感じもなく、イベントが起こるタイミング、間合いも完璧でプロットの素晴らしさが目立ちます。過去4作と比べても一番読ませるミステリになっているのではないでしょうか。
一方で用いられる手がかりというかトリックに関しては、なかなか文字にしにくいのが正直なところ。
ひとつ思ったのは、もしかして作者ヴァン=ダインって、結構な博打打ちなのではないか、ということです。
1930年という比較的初期とはいえ、そんなに真新しくもなく、どちらかというとかなり見え易いと思うんですよね〜。それをゴテゴテの装飾と迷信で飾って見せてくれるのですが、それもややあからさまで…かなりギリギリです。
バレなければ間違いなく面白いし、早々にわかってしまえば白ける。そんな紙一重なところが逆に好きです(笑)
ただ手がかりがハリボテではなく、どれも個々の機能をしっかり果たしているのは高評価できます。良い意味で、予め決まった台本に則ったような巧妙な進展と雰囲気のある演出が、まるで劇場型ミステリのお手本のようです。
また、エジプトという神秘的な要素をミステリの中にふんだんに盛り込み、そこにリンクした個性的な登場人物を配しているのも、作品のアウトラインをくっきりさせている要因でしょう。
ここらへんの好みにハマることができれば楽しめると思います。
あと取り上げなければけないのはオチ。
ヴァン=ダインって博打打ちでありながら変態なんですかね?ガリガリ君コーンポタージュ味みたいに、ゲテモノなのにウマいみたいな良さはあるんですが、ちょっとモヤモヤする部分もあります。
似たような演出自体は、クリスティやカー、セイヤーズも用いていますが、そこはただ似ているだけで本質は全然違うかもしれません。プラスに捉えるなら、超人探偵ファイロ・ヴァンスの妖しい魅力といったところでしょうか…
多少賛否が分かれる部分を除いては、作者自作の見取り図やイラスト、象形文字などの小道具がミステリに映えており、総じて満足度は高いです。個人的には(今のところは)ヴァン=ダインベストです。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
カブト虫(スカラベ)のブローチねえ…これ今ならスカラベ殺人事件の方が雰囲気が出ていいな。
とはいえ、心理的な捜査がお得意のヴァンスにあって、スカラベの方はやや直接的すぎないか?とは思う。はたして含まれた真意みたいなものはあるのか。
まず序盤から最も怪しいのはスカーレット。事件を発見して警察より前にヴァンスに相談するという行動が、それなりに理由は述べられていたが、非論理的で納得できない。となるとやはり怪しく見える。
もちろん第一発見者で、舞台工作の時間もありそうなので最有力容疑者。
登場人物たちが続々登場すると、まず表面上の容疑者カイル博士が怪しいが、スカラベが指し示すのがカイル博士、という方程式は気に入らない。
第一「死体の傍に転がっている」というのが不自然。死体の掌に握られていたり、死体の下敷きになっていたりすれば自然なのだが、横に転がっていて犯人が気付かないはずはない。
偽の手がかりだと気づいてもらうための演出な気がする。となるとやっぱりカイル自作自演説が濃厚か。
その後も次々カイル容疑者を決定づけるような証拠が飛び出すが、否定する材料も皆無なのが違和感。
やはり狡猾な犯人がカイル博士に罪を擦りつけようと画策した説も十分在り得るか。
ヒロインのメリイトを巡る人間関係が明らかになってくると被害者の甥ロバートが怪しく見えるが、彼はミスディレクションの一つだろう。
メリイトに宛てた手紙は彼を容疑者に押し上げるが、狡知な犯人がそんな凡ミスを犯すわけない。これも真犯人による画策の一つだろう。さらにメリイトは、スカーレットの動機の面でも容疑者に後押ししている。
終盤に起こる最後の事件で犯人の目星が付くが、そこまでで一旦結論を出す。
推理予想
ドナルド・スカーレット(スカーレットが殴られた以降はベンジャミン・H・カイル一択)
結果
引き分け
というのも正直結果はどちらでも良いんじゃないかと思うのです。どちらにしても決め手となる物証は皆無なわけで、別にカイルだという完璧な証拠もありません。
捉えようによっては、最後にカイルを葬り去ったハニによる連続殺人、それが強引過ぎればハニとスカーレットの共犯でも別にいいと思います。
それくらい、ふんわりとした安定感の無い結末なのですが、不思議と余韻は長く続きます。これがヴァン=ダインの個性なんでしょうか。
メイントリックについては、既視感もあり、特に驚きもしませんでした。じゃあ初めて本作で体験したら、はたして作者の予想通り驚いたかと考えると、そこまでグッとくるものはないんですよね。やはり、不自然さでしょうか。
もちろん作者の意図した効果は演出されているのですが、どうも不自然さが際立ちすぎます。そして不自然さの正体を推理した時に出てくる答えが、見えやすかったのが残念です。
このトリックが組み込まれている某作では、ものすごく自然に物語に組み込まれているが故、良質のサプライズになるわけです。別にどちらが優れているかという問題ではありませんが、本作の方がバカ正直かな、と。だから好きってのもあるんですが。
では!