発表年:1920年
作者:アガサ・クリスティ
シリーズ:エルキュール・ポワロ1
始めて本作を読んだのが、随分昔のことのように感じます。この度、当ブログの企画の一つで記事同士の体裁を整えるために、改稿を加えようと思ったのですが、前回が思った以上に中身の無い記事だったので、新たに書き直してしまいました。
ネタバレ企画≪謎探偵の推理過程≫は、お休みします。もう犯人を知っていて、真っ新な気持ちでチャレンジできないので…
やはり2年も経つと、当初の設定からそのほとんどを忘れていました。
まず、本作はポワロのデビュー作であり、ヘイスティングズ大尉との出会いの物語、だと思っていたのですが、そこが間違っていました。
本作はヘイスティングズ大尉との再会の物語です。その昔、ベルギーで警察官だったころのポワロとヘイスティングズは出会っていたのでした。
また第一次世界大戦の最中、ドイツに占領されたベルギーから亡命してきた、という設定もすっかり飛んでいました。亡命してきた他の7名はどこにいったんだろか?
さらに、ポワロが足を引き摺っている、という設定もいつのまにか消えています。
ただ、口調や性格はまったくブレておらず、中期のポワロ作品と見比べても何の違和感もないところをみても、クリスティがこの一作にかけた思いや情熱をひしひしと感じることができます。
肝心のミステリですが、構成はいたってオーソドックスです。ここまで典型的だと、逆にお手本のように教科書のように、眺めてみたくなるほどの美しさです。こういうしっかりした基本を作れて、一流と言われるのでしょう。
最初の数章はやや読みにくい印象があります。特に、初めて読んだときは、長ったらしい難しい登場人物たちの名前に頭が痛くなりましたが、慣れれば徐々にその問題は解消されます。なんとかがんばりましょう。
さて、いざこちらも典型的な事件が起こってからは、ヘイスティングズの提案によって、ポワロの独自の捜査が始まります。
今考えれば、警察はどうした警察は!となりそうなのですが、ここにイギリス独特の検死審問(まずは死因と事件性の有無を特定するだけ)という制度が巧妙に用いられています。
これは良い意味でも悪い意味でも、警察がポワロに頼らざるを得ない絶対的な理由として機能を果たしています。
レギュラーキャラクター、ジャップ警部の言葉を引用しましょう。
われわれは事件を外側からしか見ていない。それがこの種の事件に関して、警視庁(ヤード)の不利なところでしてね。検死審問のあとでようやく犯人が割れるわけで。(頁176)
つまり、ヤードにとっては、初動捜査という点で、元警察官で名探偵ポワロは大きなアドバンテージであり、犯人に対しての必殺の武器でもある、という整合性のとれた主張なのです。
ここまでの気遣いは、並の作家ならできません。しかもデビュー作ですからね。震えます。
そして検死審問後、スピード感は一気に増し、クリスティの考え抜いたトリックが徐々に顔を覗かせます。
手がかりに関しては、イラストを含む数多くが堂々と提示され、ポワロの掌中に収まってゆきます。綿密で堅実な警察捜査による物証も次々と集まり、謎解きの雰囲気がぐんぐん高まるのを感じるでしょう。
そして「お集まりのみなさん」という具合に謎解きが始まります。
ここに至るまでに、物語の横筋である挿話や仄かなロマンスが、全てひと段落ついているのも好感が持てます。あとは犯人だけ、という緊張感が張りつめているのを感じるでしょう。
さて、結末はいかがだったでしょうか。
基本に忠実な作品は、何度読んでも面白いし、読めば読むほどその美点に気が付きます。
するめ…
するめはダメですね。
噛めば噛むほど美味しい、無限に味わえるガムのような…これもダメ。
……とにかく表現は難しいですが、全ミステリの本流として、原題になお繁栄を続けるミステリの母なる大地として、本作は全てのミステリを愛する読者に読んでほしい一作です。
では!