発表年:1921年
作者:イーデン・フィルポッツ
シリーズ:ノンシリーズ
まずは
粗あらすじ
チャドランズ屋敷には、過去に二人もの人間を不可解な方法で屠った「灰色の部屋」があった。ある夜、二人の青年が閉ざされた「灰色の部屋」の悪評を撥ね退けるべく、挑戦の声を上げた。はたして彼らの挑戦は愚挙か壮挙か。
名作『赤毛のレドメイン家』のフィルポッツの傑作長編ミステリ。
これは本作の表題紙(本文の前にある表題などを記した頁)に書かれた紹介文の抜粋です。
ほーほー傑作長編ミステリとな。
個人的に“傑作長編ミステリ”に属する作品ってのは、クイーンの『オランダ靴の謎』とかクリスティの『オリエント急行の殺人』だと思ってるので、こんな書き方をされると、だいぶハードル上がりましたが大丈夫でしょうか。
別に傑作という表現に噛みついているのではありません。ちょっとそういうところもあるんだけど。
ただ本作は、フィルポッツが初めて書いた推理小説なんだから、
名作『赤毛のレドメイン家』のフィルポッツが手掛けた最初の長編ミステリ
これくらいで読者の興味をそそるのには十分じゃないでしょうか。何度も言いますが、別に傑作という肩書を否定したいわけじゃないので、どこがどう傑作と評されているのか自分なりに感じたことを書いていきたいと思います。
ただしここからはネタバレなしに書ける自信があまりありません…
なるだけ真相に迫る記述は避けるつもりですが、未読の方は本作読了後見ることをおススメします。
そもそも、本作の解説部分を読んでみても、いかに本作がプロの目をもってしても評価が難しい作品かよくわかります。
本作では解説ではなく訳者あとがきと言う形で、訳者・橋本福夫氏の感想が書かれているのですが、始まりがこうです。
『灰色の部屋』はなんとも定義のしにくい小説である。
次の段落はこうでした。
誰しもとまどわせられる作品には相違ない
そして終盤、作中で随所に見られる宗教的な論争や心霊現象を巡っての論議を引合いに出し、当時のイギリスの実情に思いを馳せながら読むことを勧め
正直なところ、訳者もずいぶん手こずった部分なのだから。
と締めています。
個人的には、「手こずったなぁ」というよりは、「よく訳されているなぁ」と感心しました。むしろ、論じられる様々な現象や宗教思想に関しては、登場人物の発言にイライラしたりヤキモキしたりと、自分の感情を縦横に揺さぶられ、文学的な側面から言えばこの上ない傑作なのかもしれません。
ではミステリとしてはどうなの?
私は本格ミステリってなんだったっけ?と意識が薄れてきたころに、いつも尊敬と憧れのブログ黄金の羊毛亭さんのある記事を読み返します。
リンクフリーとのことなので少し紹介させていただきます。
引用記事の主旨を勘違いしていなければですが、本格ミステリとは謎とその解決が主体となったミステリで、かつその解決に説得力があるかどうかが重要です。さらに伏線や解決に際しての論理性は本格ミステリに必須ではないようです。
本作に再び目を向けてみると、後半部分の伏線と論理性という観点では(良いのか悪いのか)ほとんど満たしてはいません。もちろん本作は倒叙なんかとは違うので、最低限の論理性を求めてもいいところですが、ここは百歩譲って必須ではないというところを誇大解釈し、今のところ本作は本格ミステリと言っておきましょう。
さらに、本作では最初っから最後まで「灰色の部屋」を取り巻く不可解な謎に焦点が当てられ、終始その謎を解決するために登場人物たちが奔走するわけで、これも本格ミステリの定義に合致します。
こうして本作が本格ミステリであると自分に言い聞かせて読み返してみると、なかなか悪くない作品のようにも思えてきました。
フィルポッツがミステリに初挑戦したということだから、試験的な作品なのかもと考えたりしたのですが、雑な造りにはなっていませんでした。
心霊現象をベースに、事件に対する読者の保持する工夫も十分施されています。また事件が起こるたびに怪しげな人物に光を当てることでミスリードも巧みに行われており、全員を平等の目線で推理することができるはずです。
問題はやはり解決編であり、ここで読者には全身全霊をかけての謎解きを迫られるのですが、ここはあまり感想を言うほどのことはありません。
これでもかと神聖主義を押し付けるある人物を真っ向から否定する真相には、多少悪いフィルポッツが出たなとは思うのですが、インド生まれイギリス育ちという彼だから皮肉屋とは思わないし、むしろこの真相こそが模範解答なのではないかとさえ思えてきます。
残念ながらどんなに頑張ってみても、ミステリ界に燦然と輝く傑作とは到底言えませんが、本作がミステリにおける第三勢力*1と考えると傑作ではないとは言い切れません。
傑作だとも言い切れないけど。
では!
*1:もちろんアンフェア界のです