発表年:1933年
作者:ジョン・ディクスン・カー
シリーズ:ギデオン・フェル博士2作
まずは
粗あらすじ
≪いかれ帽子屋(マッド・ハッター)≫と呼ばれる異常な連続帽子盗難犯がロンドンに現れた。その魔手はエドガー・アラン・ポーの未発表原稿を所持する蒐集家にも伸び、ロンドン全体が言い表せぬ不安に包まれた。そんな折、ロンドン塔で事件が発生する。紛れもない≪いかれ帽子屋≫の痕跡を残して…
前作『魔女の隠れ家』では巧みな状況設定、魅力的な登場人物を配し、見事に怪奇・不可能犯罪の要素をミックスさせたミステリを作り上げたカーですが、本作ではお世辞にも怪奇描写において「らしさ」が出ているとは言い難い部分があります。
事件の舞台となっているロンドン塔自体が監獄として利用されていた史実から、処刑された王妃の亡霊が出るという噂話や、今でも公式にワタリガラスを飼育していたり(それにまつわる伝説は省略)と、怪奇の雰囲気を高める要素は実はてんこ盛りなのですが、どうも読んでいて怖さが伝わってきませんでした。翻訳ミステリの難しさでしょうか。
むしろフェル博士が警官に成り代わり激しい尋問を仕掛けたり、ワトスン役のランポールや主席警部ハドリーとの掛け合いがユーモアにあふれており、ミステリ要素外の方が読んでいて愉しかったです(それはそれでいいのですが)。
あと、ロンドン塔の見取り図が冒頭に記載されているのですが、かなり見にくいです。
以下のガイドマップを参考に読むと、もう少しわかりやすいかと思います。
では本作において、効果的に演出されているのが怪奇や密室ではないとするなら、いったい何を中心としたミステリなのでしょうか?もちろんこの部分が本作で一番おもしろい部分なので明かすことはしませんが、意図的に謎を謎と捉えさせない構成が素晴らしいと思います。私はこれを“謎の誤認トリック”と呼んでいます(今思いついた)。
個人的にこの手のトリックに、ほぼ100%騙されている私は、結末の意外性に驚いたのはもちろん、どこから騙されていたのだろうか?と頁をめくって、最初からだ!と発見した時のさらなる驚きは文字では表現できません。
それもそのはず、怪奇の匂いがプンプンするロンドン塔を舞台に、物語全体の異常性を高める≪いかれ帽子屋≫が登場し、争いの火種になり得るポーの貴重な未発表原稿があり、そういったカー自身得意とする要素をあえてだしに使い読み手を騙した、と捉えるなら、本作の評価はさらに高まります。
結末部の合理性にも十分納得でき、どこか読後感も爽やか。カーの怪奇趣味が少し苦手、という読者にも安心して、また自信を持ってお勧めできる一作です。
では!