科学者探偵の祖ここに爆誕【感想】オースチン・フリーマン『ソーンダイク博士の事件簿I』

 

発表年:1908〜1915年

作者:オースチン・フリーマン

シリーズ:ジョン・イヴリン・ソーンダイク博士1 

 

推理小説の勃興に際し、最重要人物とされている3人の名探偵がいます。

一人は言わずと知れたシャーロック・ホームズ。そして蝙蝠傘を持ったブラウン神父。そして本作に登場する、現代における科学探偵の親とも言えるジョン・イヴリン・ソーンダイク博士です。

彼は法医学の教授でありながら、弁護士の免許も持ち、自宅の実験室で助手を従えて常に研究を行っています。

本書に収められている8つの短編の中でも彼の広範な知識は存分に注力され、事件の解決に寄与しています。例えば、服に付いた砂粒を顕微鏡で分析したり、凶器を実際に作成し物理学を応用した実験を行ってみたりと、これぞ≪科学探偵≫と唸らされるものばかりです。

 

「科学者」と「探偵」の相性の良さは、近年、国内のミステリの題材にも多く使われていることからも証明されているでしょう。その中でも一定の成功を収めたものといえば、やはり東野圭吾の『探偵ガリレオ』シリーズでしょうか。科学技術または科学捜査と探偵の相性の良さはもちろんのこと、解決編で科学的実験による派手な演出を用いることができるのも、人気の要因かもしれません。

 

そして、本作に話を戻すと、

倒叙作品の元祖と呼ばれる

歌う白骨

には、現代と遜色ない科学的な知識や捜査が発揮されています。

 

中でもお勧めしたいのは

計画殺人事件

この短編における見どころは、殺人に至る犯人の心情そして、“計画”外の要素に翻弄される犯人の緊迫した感情の見事な描写です。

もちろんそれらが、倒叙作品に必須の条件だとはいえ、本編の説得力、描写力には目を見張るものがあります。

特に、アントニー・バークリーがある作品の序文で推理小説の発展を願って述べた、「心理学的であることによって読者を惹きつける」ことに既に本作は成功しているのではないでしょうか。

犯人の決意や焦りが手に取るようにわかるし、犯人の達観振りも素晴らしいです。また、犯人を通して証明される警察捜査への皮肉という観点からも興味深い作品となっています。

 

ただし、短編小説集として、科学探偵と倒叙というキーワードを先入観に本書を読んでしまうと、少し肩透かしというか物足りない印象を受けるのも事実です。

本作、ないしはソーンダイク博士シリーズの魅力というのは、そういったジャンルを取っ払ってこそ見出せるものなのかもしれません。

 

没落紳士の救済譚であるおちぶれた紳士のロマンス』では、人情味あふれる温かいストーリーにホロリとするし、意外性のある『青いスパンコール』や暗号を取り扱った『モアブ語の暗号』、物理的・心理的トリックが巧妙な『アルミニウムの短剣』等、ソーンダイク博士シリーズの入門としてはまさに最適な短編集となっています。

 

ただし、『前科者』の中で、作者オースチン・フリーマンの長編小説『赤い拇指紋』についてのかなりネタバレ気味な記述があるため、未読の方はご用心ください。

 

では!