模型が出てくるからか怪奇自体がすこーし不自然【感想】ジョン・ディクスン・カー『絞首台の謎』

発表年:1931年

作者:ジョン・ディクスン・カー

シリーズ:アンリ・バンコラン2

 

今回はあらすじを省略します。

差出人不明の絞首台の模型とそれに怯える謎のエジプト人、という発端ですが、それだけでは不気味な雰囲気を満たすには不十分です。その後に起きる事件こそ、まずは本作の怪奇色を高める最大の山場となっています。

ただ本作の読者の視点が、前作『夜歩く』に引き続きジェフ・マール青年で、彼の視点の所為で少し事件がウソっぽくなってしまっているようにも思えます。確かに、怪奇要素は十分で、おどろおどろしい雰囲気は醸し出されているのですが、どこかその場の雰囲気に流された(ひっぱられた)描写のように感じてしまいます。

 

もう一つ残念な点は、その怪奇現象自体が中盤でほぼ解明されてしまう点で、そうなると残されたのは、これまた解り易い密室と、犯人当てのみ。ただ、密室のトリックの方は、なんだそんなことか、で終わるようなものだったとしても、バンコランのヒントの出し方が巧く、読者はその謎に惹きつけられるでしょう。

そし、犯人当てについては、事件の背景と『絞首台の謎』を繋ぎ合わせてみれば予想はつき易く、作者のミスリードがあっても絞り込みは可能です。

 

解決編に至るまでにアンリ・バンコランのキャラクターについて思ったことがひとつあります。

今まで私が勝手に思い込んでいたのかもしれないのですが、思ったより人間味あふれる人物なのではないでしょうか。特にジェフに接する態度は、やや超人的な性質や肝心要を明かそうとしない含みを持ったキャラクターだったとしても、根幹は優しく温か味のある性格のように見えます。…というか見えました

というのも最終章で鮮烈な印象を残すラストで、彼の異常性は最高潮に達し、ある意味本書一ゾッとする劇的なシーンとなっています。

 

全体的に見て、不気味な絞首台の模型に始まり、霧の中に浮かぶ絞首台の影や第一の事件、十七世紀の絞首刑吏ジャック・ケッチによる予告状、解決編の暗く緊張感が張り詰める雰囲気など怪奇要素を後押しする効果的な演出には事欠かず、アンリ・バンコランとの相性もとても良いように思えます。

しかしながら、それらの要素と実際に起こる事件被害者との関連性が少し弱く、別の人物だったら、と思わずにはいられません。

 

 

最後に全然(本当に全然)ミステリには関係ないのですが、ちょっとおしゃんてぃーだなと思った部分を引用したいと思います。

(創元推理文庫版頁223より)

よい食事には3つの要素が必要なのだ(中略)料理と酒と他人にわずらわされないですむという雰囲気だ。

 

この引用部分か数行にわたって、最後の項目

他人にわずらわされないで済む雰囲気

について補足がされることから一番大事な要素だとはわかります。そして、少し読み返してみると、バンコランがジェフにこの雰囲気を求めている箇所があることに気付きました。

決して食事中ではなく、主に推理小説談義になっている章なのですが、カーの推理小説観も垣間見え、なかなか面白い内容となっているので是非じっくり読んでみてください。

 

では!