発表年:1914年
作者:G.K.チェスタトン
シリーズ:ブラウン神父2
前作では、チェスタトンのトリック創案の妙に舌を巻きましたが、本作では風刺のきいたアイロニーや逆説めいた警句などが多く目につきます。
もちろん多種多様な謎とその解明方法には、驚かされますが、どこかブラウン神父の暗黒面(ダークサイド)というか、裏の部分を垣間見たような気がしてなりません。
前回同様シャーロック・ホームズと対比してしまい申し訳ないのですが、シャーロック・ホームズの短編集では、ワトスンが語り手となり、事件を紹介するのがほとんどです。
しかし、ブラウン神父ものは、そもそも“語り手”という存在が重視されていない点はあるのですが、毎回単一の視点で書かれているわけではありません。
『グラス氏の失踪』では、高名な(笑)犯罪学者オリオン・フッド博士がブラウン神父の依頼で(そもそも依頼する必要があったのかは疑問)事件を推理するし、
『紫の鬘』では、新聞編集者ナット氏と記者フィン氏が登場し、読み終えて振り返ってみると、ただ一新聞記事がどのようにできあがるかを紹介されているような構成に驚かされます。
ここまで“読ませる”短編集はあまりないでしょう。ブラウン神父の解決譚を中心に据えているとはいえ、その形は自由で型にはまらず、取り上げるテーマも様々で全編新鮮な気持ちで楽しむことができます。
軽く順番に解説しましょう。
『グラス氏の失踪』
ジェームズという若者の部屋で行われる怪人物“グラス氏”との謎の会談。ある日ジェームズの婚約者が部屋を覗いてみると、ジェームズは縄に縛られピクリとも動かない。ブラウン神父は高名な犯罪学者オリオン・フッド博士と共に、ジェームズを訪ね、グラス氏の正体と2人の抱える謎に迫る。子供みたいな柔軟な発想が大事だと気づかされた作品。
『泥棒天国』
銀行家の親子とその娘に恋する詩人は観光ガイドを雇い、山賊が出ると噂される山を越える計画を立てる。この一行に同行するブラウン神父は、案の定山賊たちに襲われるのだが……結末の意外性はピカ一で、イタリアの山越えという叙景に優れた文章も見どころ。
『ヒルシュ博士の決闘』
無音火薬(爆発しても音のならない火薬?)の開発に成功したヒルシュ博士は、大群衆の前でデュポスクという紳士から無音火薬の製造方法をドイツへ漏洩したとの告発を受ける。ヒルシュ博士は、デュポスクに決闘を申込み、身の潔白を表そうとするが……
トリック云々より、ブラウン神父の人間性の洞察が興味深い。
『通路の人影』はブラックユーモアのきいた殺人劇。
通路で見かけた人影は、いったい誰か?また、ブラウン神父の目には何が映ったのか?皮肉とユーモアが絶妙にマッチングした秀作。
『器械のあやまち』は嘘発見器を用いた犯罪捜査に疑問を呈するブラウン神父の体験談。
嘘発見器を“信頼に足る器械”と呼ぶ刑務副所長アシャーに「その信頼に足る器械を動かすのは、いつも信頼できぬ器械」と一瞥するブラウン神父がクール。
『シーザーの頭』は脅迫がテーマの作品。
脅迫という忌むべき犯罪を犯す予想外の人物とは?謎の隠し方が巧妙。
『紫の鬘』は結末部で、なーんだそんなことか、と落ち込まなければ良作。
新聞記者と編集者を交えた構成が面白い。
『ペンドラゴン一族の滅亡』のトリックは奇想天外で、動機も明瞭。
船酔いでいまいち冴えないブラウン神父が徐々に回復し、推理する過程が良い。
『銅鑼の神』
秘密結社というのがイマイチわかりにくいが、殺人者の心理と環境に関するブラウン神父の知恵には一考の価値あり。
『クレイ大佐のサラダ』
意外性には乏しいが、“くしゃみ”の使い方が秀逸。情景が思い浮かべにくかったのがマイナスポイントか。「光そのものがなにか神秘的で新鮮に思われる朝」は体験したことない。
『ジョン・ブルノワの珍犯罪』
タイトルが精妙。オチといいタイトルとの絡み方と言い本書一か。ただ死の真相に関しては、納得できるとは言い難い。
『ブラウン神父のお伽噺』
お伽噺とはよく言ったもので、教訓がしっかり詰め込まれた一作。神父が語るというのも尚良し。
後半はかなり端折ってしまいましたが、全編通して飽きが来ない素晴らしい作品です。短編集だからといって、就寝前にベッドでまったりではなく、安楽椅子でじっくり読むのがオススメです。
では!