シャーロック・ホームズの思い出【感想】アーサー・コナン・ドイル

発表年:1892〜1893年

作者:アーサー・コナン・ドイル

シリーズ:シャーロック・ホームズ

 

延原版の本書では、初版本で収められていた『ボール箱』は「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」に、『ライゲートの大地主』は「シャーロック・ホームズの叡智」に収められているため、今回の感想では触れません。

 

まずはタイトル「思い出」について、Wikipediaにも載っていますが、原題は「Memoirs(回顧録・回想録)」であり、必ずしもシャーロック・ホームズ主観の思い出ではなく、ワトスンがシャーロック・ホームズを回想している、という捉え方が正解でしょうか。

本書の最終章が、モリアーティ教授との有名な対決を描いた『最後の事件』なのにもちゃんと理由があるんですね。

 

「緋色の研究」「四つの署名」「冒険」と読み進めてきて、ようやくシャーロック・ホームズに慣れてようです。簡単に短編の紹介をしておきましょう。

そのほとんどは、いつもと同じように、他では解決できないと匙を投げられた難事件・難題を抱えた依頼人が、ホームズのもとに駆け込むところから始まるか、ホームズが「つれション行かないか?」ばりに軽いノリでワトスン邸を訪ねるかの2パターンです。

しかし、謎とその提供バリエーションは多岐にわたっており、『白銀号事件』で有名なあの“吠えなかった犬”を体験すれば、『黄色い顔』ではどこか涙腺をじわっと、ホロリとさせられます。また、『グロリア・スコット号事件』でホームズが探偵を生業とするきっかけが語られ、『マスグレーブ家の儀式』ではワトスンと出会う前のホームズの敏腕を垣間見ることができます。他にも、ホームズの兄マイクロフト初登場作品『ギリシャ語通訳』や、珍しくワトスンがホームズに依頼してきた『海軍条約文書事件』など、短編集の一つとして、またシャーロック・ホームズの回想録としても豪華で充実した短編集です。

 

シャーロック・ホームズの短編集において、謎を紐解くことは、その謎に絡む人物の人生を紐解くことかもしれません。

トリックや意外性といった、推理小説で重要視される要素は少なくても、謎を取り巻く登場人物たちの織りなす人情劇と、作を重ねるごとに魅力を増すホームズの人物像が、本シリーズの最大の見どころだと思います。

わずか30ページ弱にもかかわらず、本作の最終章『最後の事件』で、強烈なインパクトを残したホームズのライヴァルであるモリアーティ教授もしかり、コナン・ドイルの卓越した想像力と創作能力をして誕生した多種多様な人々は、作中だけに留まらず、現実世界に飛び出し、今でも尚読者の心を揺さぶり、魅了しています。

一方で、ユーモア描写もより一層洗練されていると感じます。『マスグレーヴ家の儀式』冒頭部でニヤニヤした読者は私だけではないはずです。

ワトスンを通して語られるホームズの人となりは、作を追うごとに明らかになったかと思えば、逆に、新鮮で意外性のある行動に驚かされもします

解説でも表記されている通り、“推理小説”ではなく“探偵小説”の一つとして、まだまだコナン・ドイルに、ワトスンに、そしてシャーロック・ホームズに翻弄され続けるのも悪くありません。

 

では!