伝説はここから始まった【感想】『シャーロック・ホームズの冒険』アーサー・コナン・ドイル

発表年:1892年
作者:アーサー・コナン・ドイル
シリーズ:シャーロック・ホームズ3

 

 

   本作は、1891年から1892年にかけてイギリスの月刊誌『ストランド・マガジン』に連載されていたシャーロック・ホームズものの短編を集めた短編集です。

   この作品を持ってコナン・ドイルの人気と成功は確立され、以後数多の名作はこの連載の中で生まれることとなります。

 

   以前、推理小説の定義について語りましたが、覚えていますか?殺人が起こらなければ推理小説ではない。とその時述べましたが、やはり今作のような短編集は推理小説ではないのか?

   結論から言うと本作は、推理小説の推理の部分を昇華し、魅力的な探偵にその推理という知的創造を委嘱することで、謎解きの面白さ、醍醐味を存分に味わえる探偵小説というのが正しいのではないかと思います。

 

   推理小説が本来持つ、著者対読者という形とは大きく違いますが、謎の孕む魅力と奥深さに感嘆しながら、ただ純粋にホームズの推理を愉しみ、ホームズとワトソンのユーモアに満ちた会話を楽しむことができました。

 

   肝心の本書の内容ですが、名作と呼ばれている『赤毛(赤髪)組合』『まだらの紐』あたりは、プロットや謎の着想性・独創性において他作品より優れているという見方が多いです。

   ちなみに出版社によっては、各話のタイトルに若干の違いがあるほか、私が読んだ新潮文庫のものでは『技師の親指』と『緑の緑柱石』がページ制限の都合上省略されている為、この2作品も併せて読みたいなら、早川書房の上下版か創元推理文庫のものを選ぶと良いでしょう。早川書房のものは新潮文庫に負けず劣らず表紙がカッコいい。

 

   私のお勧めは『ボスコム谷(渓谷)の惨劇』です。

どこか『緋色の研究』を思い出させる時代背景や登場人物たちの人間関係、また、ホームズが煙草の灰から捜査を進める手法からも共通点を見出せます。

   これは前作の二番煎じなどではなく、新たにダイイングメッセージの要素も加えることで、ミステリの奥行を広げることを可能にしました。真犯人が辿る末路もまた、贖罪をもって決し、後味も良かったです。

   本編で、ホームズは最後にリチャード・バクスターなる人物の言葉を借りて下記のような言葉を残しています。

神の恵みのなかりせば、汝もかくなるべし

   実はこの言葉、バクスターではなくジョン・ブラッドフォードというイギリスの聖職者の言葉だったらしく、絞首刑台に上る囚人を見て「神の恩寵がなければ、自分がそうなっていたかもしれない」という自戒の意味があるそうです。

  何でもかんでも神の恵みの有無の所為にするのはどうかと思いますが、『ボスコム谷の惨劇』は、他人事などではなく、全人類の上に起こりうる悲劇である、という読者に対する戒めが含まれているのではないでしょうか?

   この一言で、読者は、シャーロック・ホームズの世界が非現実的な空想上のものではなく、隣り合わせの身近な世界にあることに気づきます。

   この読者を引き込むチカラの強さが、シャーロキアンの誕生にも繋がっているのではないでしょうか。

  

 

では!