発表年:1910年
作者:A.E.W.メイスン
シリーズ:ガブリエル・アノー1
俳優・劇作家・下院議員・諜報部員(スパイ)など多くの顔を持つメイスンは、推理小説だけでなく、冒険小説・スパイ小説でも数々の名作を世に送り出した小説家でした。
小説家としてデビューしてから15年後、彼は本作「薔薇荘にて」でフランスのパリ警視庁の警部ガブリエル・アノーを輩出し、アノーはそのあと5つの長編と1つの短編に登場することになります。
日本での知名度で言うと、今作と次作「矢の家」が比較的高いものと思われます。
今作の特徴としては、何と言っても、1910年という推理小説史ではまだ初期の(ホームズを初めとする、短編のものがメジャーだった)時代に、心理的探偵の要素を加え、ホームズとは違った趣向で推理小説と向き合っていたことでしょう。
この点は本書の解説部でも詳しく取り上げられていますが、なかなか国書刊行会の世界探偵小説全集に触れる機会も少ないと思うので、自身の見解を含めて紹介しておきます。
1つは、本作がホームズのホームグラウンド(うまくない)である月刊誌ストランド・マガジンに連載されていたということです。
同じ雑誌に同じジャンル(探偵小説)が連載されて、意識しないはずはありません。
あらゆる面、例えば、
- ホームズのロンドンに対し、アノーのフランス・パリ
- やせ型のホームズに対し、堂々たる体躯のアノー
- どちらかというと変人というイメージの付きまとうホームズに対し、女性に対する気配りや部下からの信頼も同時に得る人格の持ち主であるアノー
と指摘できそうな点はなくはないです。
ただホームズのライバルとして、完全にホームズのイメージを脱却できたか、というとそうでもありません。
推理小説における語り手の配役、そして犯人逮捕まで、事件の変遷を回想として登場させる構成等似通っている部分もあります。
つまり本作は、ホームズ時代から黄金時代への幕開けを予感させる重要な作品だったのです。
それは、黄金時代の象徴でもある作家アガサ・クリスティの想像した名探偵エルキュール・ポワロに、本作のアノーの面影を見ることができる点からも、容易に想像できるでしょう。
肝心の中身については、トリック、プロット両面において黄金時代の作品を凌駕するものではありません。
本作では、随所に散りばめられた謎と、魅力的なキャラクター(主にシーリア嬢)を繋ぐ鍵が最重要です。
読者は、アノーの頭脳を筆頭に、ワトスン役であるリカード氏の記憶や、その他の登場人物たちの言動から、“ある程度は”推理分析することができますが、所詮“ある程度”です。
フェアプレイの観点からは、満足できる度合ではなく、謎解きの場面になって、「こんなことを言っていましたよ」と新情報が提供されるため、読者はその瞬間突き放される感覚に陥ってしまいます。
かといって、点在する謎を無理矢理繋ぎ合わせたような、強引な推理ではなく、リアリティという点では“ある程度”納得できるレベルです。
黄金時代への過渡期の一作として、またポワロとヘイスティングズのようなコミカルなシーンがお好きな方にも“ある程度は”楽しめるでしょう。
では!