発表年:1932年
作者:アガサ・クリスティ
シリーズ:ミス・マープル2(1)
初めてミス・マープルと出会ったのは、長編第1作『牧師館の殺人』でしたが、その時は未だマープルの人物像に馴染めなかった印象があります。実際、本作を読むまで、マープルは、そこまでポワロに比肩するほどの名探偵なのか、と疑心暗鬼になっていたのです。しかし、本作第一話『火曜クラブ』でそのイメージは、刹那に払拭されました。
<火曜クラブ>とその概要についてはここで省略するとして、物語は1作品を除いて、安楽椅子探偵ものとなっています。真相を導き出すのは、いつもミス・マープルであり、解決の糸口は、彼女がセント・メアリ・ミード村で経験した、一見関係のないような大小の事例です。
前半の6作品と後半の5+1作品は、舞台も登場人物も違い、前半は、イギリスの食文化や英語に精通していなければ、自力で真相を導き出すのは難しい作品もあると感じます。なんとなくココが怪しいな?と睨んでも、真相までは見通せない。そんな感じ。
一方後半の5+1作品は、化学的なトリックや暗号等、素人(読者)が到底理解できないような複雑で大胆なトリックが使われているようで、どうして不快感や嫌悪感を感じない作品となっています。
「いやいや、そんなのわかりっこないよ」という言葉を強制的に呑みこませるほど、魅力的で様々な背景を持つ事件とその語り手たち、伏線の妙、プロットの完璧さには脱帽させられること間違いなし!
この中でも特筆すべきはやはり第十三話「溺死」でしょう。
ある娘が溺死し、自殺だと想定されたが、ミス・マープルだけは真実を見抜いていた。マープルを除いて本書全話に登場している、元警視総監サー・ヘンリーは、マープルの謙虚な提案に従い、独自に捜査を始める。彼女から伝えられた真犯人の名を記したメモを持って……
本書では回を追うごとに、このサー・ヘンリーと同じように、読者自身もミス・マープルの叡智と人間性の通暁したさまに尊敬の念を抱くようになります。だからこそ、本書唯一の現在進行形の最終話は、クリスティのミスリードの妙技と人間性の緻密な設計も相まって、異彩を放っているのでしょう。
また、「溺死」では、マープルの別の一面を垣間見ることができます。彼女の内奥にある、悪を憎み、弱者や虐げられた者に対する、温か味や慈愛の精神が、ひしひしと読者に伝わってくるのを感じるとき、もうマープル作品から抜け出せないことに気づくのでした。
では!