まるで洋食屋のオムライスのような【感想】マージェリー・アリンガム『キャンピオン氏の事件簿I窓辺の老人』

発表年:1936~1939年

作者:マージェリー・アリンガム

シリーズ:アルバート・キャンピオン氏(日本独自編纂)

 

   本書を書いたマージェリー・アリンガムは、クリスティやセイヤーズらとともに英国女流推理作家ビッグ4と呼び讃えられるほど高名な推理作家です。読み終えてみると、なるほどさすがだな、と頷ける短編集でした。

 

   少し話が逸れますが、良い短編ミステリの条件とはなんだとお思いでしょう?やはりオチでしょうか?一編あたりが長編の約10分の1くらいのボリュームなのだから、10倍は驚かして欲しいとも思います。

   そういう意味で、パーシヴァル・ワイルド『悪党どものお楽しみ』なんかは、ほぼ全ての短編で、こちらの想像する展開を上回ってオトしてくれた素晴らしい短編集でした。

 

   でははたして本作はどうか。全体を俯瞰で見た時に、お世辞にも素晴らしいオチ、とか白眉のトリックが用いられているというわけではなさそうです。なのに、ものすごく完成された、洗練されたシリーズ短編のような気もします。

私が本作を読んだ後すぐに呟いたツイッターを見てみましょう。

心がじんわり暖かくなる、ねぇ…

   必ずしもハートウォーミングな書き口だけで高評価になるわけじゃありません。たぶんその後に続く「セイヤーズの創造したピーター卿を連想させる」というのが贔屓目に見てしまっている要因かもしれません。

   ピーター卿とキャンピオン氏の共通点は誰の目にもあきらかです。本書の解説にも、また、本書の結びを飾る著者のエッセイ『我が友、キャンピオン氏』を見てわかるように、キャンピオン氏は博識で聡明、輝かしい経歴と多くの趣味を持ちながらもどこかミステリアスな私立探偵です。そんな彼の徹底したキャラクターを造り込み、また彼の存在する世界観の綿密な造形が本シリーズの最大の魅力だと思います。

 

   また、どこか既視感のあるストーリー・トリックが用いられているように思えますが、解決に際しては巧みなひと手間が加えられています。

   そうそれは、まるで洋食屋のオムライスのよう。家で作るオムライスと見た目は同じに見えても、オリジナルのケチャップソース、ケチャップライスに秘められた隠し味、卵の絶妙なフワトロ感によって、丸っきり別物の、全く飽きのこない新鮮味を感じるオムライス、いや短編集になっていました。

 

各話感想

ボーダーライン事件

   シンプルながら堅牢な不可能犯罪が冒頭を飾ります。こじんまりとしたボリュームにもかかわらず、現場の見取り図が用意されるなど、エンターテインメント性も重視されているのが特徴です。そしてなんといってもオチが見事で2度読んで楽しい名作短編。

 

窓辺の老人

   本書の看板を背負う、独特の雰囲気をまとう短編。まず話のネタが面白いです。人間ドラマの絡み方も秀逸で、多少展開が見え易くとも、しっかり読ませてくれます。キャンピオン氏の事件への関わり方に工夫が凝らされているのもGood。

 

懐かしの我が家

   犯罪小説の様式で書かれているものの、作中に用意されたある仕掛けにはしっかりひっかかります。そしてその罠にハマったまま、オチまでしっかり引っ張られる。こういう強引な巻き込まれ方は、ピーター卿には出せない味なのかもしれません。

 

怪盗〈疑問符〉

   箸休め的な短編…でしょうか。決して理路整然とした作品ではありませんが、十分楽しく読める短編。サブキャラクターが個性的です。

 

未亡人

   これまた手の込んだ犯罪小説。現在に通用するものじゃないにせよ、根源にあるものは今も昔も変わらす、巧みな話術と小手先のトリック。ただそれだけじゃなく、暗号ものとしてもミステリファンなら読んで知っておきたい一作。

 

行動の意味

   ミステリかと言われれば首をひねりたくなりますが、頭をガツンといかれた感はあります。そしてその衝撃の後に訪れる爽快感ったら最高です。

 

犬の日

   今までの短編の流れをブツンと断つような異色の短編。ただでさえ、そこはかとなく幻想的な雰囲気が漂っている中で、さらに不可思議な現象が起こります。答えに見当が付いていても、ニヤリとせずにはいられない不思議な作品です。

 

我が友、キャンピオン氏

   こういうの大好物です。簡単に言えば、キャンピオン氏の設定集なのですが、これを読むだけで他の短編や長編も全て読みたくなってくる不思議。

 

 

まとめ

やはりどう考えてみても全体の出来はいたって普通です。なのに『犬の日』の独特のクセや『ボーダーライン事件』の個性的な味付け、『未亡人』の一口で二度おいしい感じ、『我が友、キャンピオン氏』の遊び心など、マージェリー・アリンガムの作風の良さが滲み出ている短編集でした。

 

 

では!