クセ?アク?なぜこんなに好きになれないのか【感想】レックス・スタウト『毒蛇』

発表年:1934年

作者:レックス・スタウト

シリーズ:ネロ・ウルフ1

 

   本作は超人的な安楽椅子探偵として名高い私立探偵ネロ・ウルフのデビュー作です。ホームズやポワロといった名探偵たちに比べ、日本での知名度はそんなに高くないものの、熱狂的なファンも多く、特に本作はシリーズの中でも代表作ということで、期待大で読み始めました。

   がしかし。なんだろう。この物語に入り込めない空気。登場人物たちを好きになれない感じ。

 

筋はいたってシンプルです。

あるイタリア人女性が、失踪した兄の捜索をウルフに依頼したが、彼が目を付けたのは、ゴルフ中に高名な大学総長が死亡したという新聞記事。一見なんの関係もないように思える二つの奇怪な事件の影にはいったい何があるのか。

 

   あらすじだけ見るとまぁそんなにダメなところは無いように思えます。物語への導入も悪くなく、最初は自信家の超人探偵ウルフとそんな彼に一歩も引かない助手のアーチーとのバディもなかなか面白いと感じました。

   しかし、この二人の関係が後に作品への嫌悪感に繋がるんですよねー…

   

   超人探偵と助手で思い出すのは、もちろんシャーロック・ホームズワトスンです。ここで少し、出会いの瞬間から超人的な推理を披露するホームズに対するワトスンの態度を思い出してください。

   最初はかなり懐疑的だったはずです。それが彼の名推理に触れるにつれ、いつの間にか絶大な信頼を置き、彼の頼みならどんな突拍子もないことでも聞き入れるようになります。たまーに疑うときがあっても心の中ではいつもホームズを信じています。

   このような探偵と助手の信頼関係というのはたった1作で構築できたものではありません。彼らの場合数多の短編を消化していくなかで構築し強固にされてきたはずです。

 

   それを本作では最初からありきで始めてしまっているのです。例えばアーチの言う「ウルフの離魂病」の再発。以前にもあったらしいのですが、そんなもの当たり前で話されてもこっち(読者)は困ります。またアーチーのウルフを信頼するようになったエピソードも然り、置いてきぼり感が強く物語にのめり込めませんでした。正直まだ1作目でこちとらそんなにウルフを信頼していない←

   キャラクターだけを見ると自信家で酒飲み、美食家で蘭の愛好家と一癖も二癖もある個性が際立っているし、ミルク好きで口達者なアーチーというのもなかなか悪くありません。ただ彼らに馴染めなかったというだけなので、ここに納得できるのであれば楽しめるだろうし、私ももしかしたら2作目以降は評価がガラリと変わってくるかもしれません。

 

   最後にミステリ要素も少し。こっちがもうちょっと水準が高ければまだ読めたのかな、と思うのですがどうも芳しくありません。もう二十年早く発表されていればまだしも、1930年代という黄金時代後期にあってトリックの古臭さもちろんミステリの中心ではないが)、解決へのプロセスの甘さが気になります。ただオチ決して解決編ではないの書き方は巧く、これを書きたくて本作を作ったのであれば筋は一貫していて、よくできていると思います。

   シリーズ作品としてはまだ未知数ですが、単品ではお世辞にも高評価をつけ難い一作でした。

 

 ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ  

《謎探偵の推理過程》  

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

   導入は悪くない。ただ最初からウルフの協力者がバンバン登場するので、なかなか覚えにくいし、作品の雰囲気もつかみにくい。

   大事なのは失踪した依頼者の兄や死んだ大学総長のはずなのだが、こちらも頭に入ってきにくい。

 

   あっさり失踪した金属細工師の兄も死に、焦点は死んだ大学総長バーストゥ氏に。

   バーストゥ氏殺害の動機という観点では、やはり親族エレンローレンスサラに注目したいが、ゴルフに同行したキムボール親子も見逃せない。ただ、キムボール親子にバーストゥ氏殺害の動機は見いだせず、やはりバーストゥ家の誰かだろうか…

 

   中盤以降、金属細工師カルロに仕事を依頼した人物が男であることが確定し、キムボール親子の間の不和、そして真の標的がバーストゥ氏ではなく父親の方のキムボールであることが判明すると、事件はなんてことはない復讐劇に見えてきた。はたしてもうひと捻りあるのか… 

 

 

推理結果

マニュエル・キムボール

結果

勝利

   予想通り。物語の結末が辿る悲劇めいた展開はなかなか面白くて、ウルフのキャラクターと相俟ってそれなりに読めるのですが、一番いただけないのが、作中いちスリリングになるはずのマニュエル、ウルフ、アーチーの三者会談のシーン。これは訳によるものが大きいかもしれませんが、特にマニュエルのカクカクした口調が鼻につきます。ある程度真相が見え易くなってきたこの場面では、もっと堂々と高圧的にはったりをかましながらウルフに対峙して欲しかったところです。ウルフの動じない雰囲気は良いんですが。

 

 

 

 

 ネタバレ終わり 

   ちなみに原題のFER-DE-LANCE【フェル=デ=ランス】は実在の猛毒蛇カイサカの別名らしいですね。中南米で最も危険な毒蛇と言われ、大人でも噛まれたあと適切な処置をしなければ20分以内に死亡するほどの強い毒を持つようです。Wikipediaによると、カイサカに噛まれた傷口を洗った人が、指先に小さな傷があったため、そこからカイサカの毒が混入し死亡するというもらい毒(そんなのあるのか)による死亡事故もあるといいます。

   こんな超危険生物と犯人の関係を考えるとある意味では、相当頭のぶっ飛んだ名犯人小説だとも言えなくもない…かな?

 

では!