発表年:1929年
作者:クリストファ・ブッシュ
シリーズ:ルドウィック・トラヴァース2
最近では論創社の論創海外ミステリシリーズでお目にかかることも多いクリストファ・ブッシュという作家ですが、文庫派の私にとっては中々手に入る機会が少ないレアな作家の一人です。
彼は、イギリスの本格時代を支えたミステリ作家の一人として、1926年~1968年もの長きに亘って推理小説一本で書き続けています。作品の多くで探偵を務めるのが、私立探偵で経済学者のルドウィック・トラヴァースなのですが、どうもこの名前が覚えにくいんですよね。ルドヴィックなのかルドウィックなのか、またトラヴァーズなのかトラヴァースなのか。ここらへんの覚えにくさが日本人にとって人気の出ない&馴染みにくい一つの要因なのかもしれません。
粗あらすじ
新聞社に届いた「メアリアス」と名乗る怪人物からの投書には、日時と場所を指定した一見愚にもつかない殺人予告が書かれていた。冗談だと受け合わない警察とセンセーショナルな話題に嬉々として飛びつく新聞社を尻目に、メアリアスの投書はどんどん大胆さを増してゆく。はたして完全殺人は実行に移されてしまうのか。また、傲岸不遜なメアリアスの正体は如何に?
タイトルで「ABC殺人事件を連想させる」と言ったのですが、これはもちろんアガサ・クリスティの超有名作品『ABC殺人事件』のことです。『ABC殺人事件』と言えばクリスティベストテンの常連作品だし、ミッシングリンクものの名作としても名高いミステリです。
一方本作は知名度も評価もそれほど芳しくなく、某作に比べてしまうと見劣りする部分の方が多い気がします。しかし、それは仕方のないことかもしれません。『ABC殺人事件』と本作は同じ立脚地をスタートしているものの、解決へ向かうプロセスが全然違うからです。どちらも謎の人物からの挑戦状と言う形で、殺人計画が詳細に(これが重要)予告されるのですが、『ABC殺人事件』では動機の謎に結び付けることで、必然的に連続殺人という特異な設定に派生しました。一方本作は大胆な殺害予告を(なぜか)アリバイトリックと結びつけたのです。
アリバイトリックとは厄介な代物で、アリバイものだ、というだけで犯人の目星がついてしまい、犯人当てのスリルは半減してしまいます。
一見かみ合わないかに思える殺害予告とアリバイトリックですが、読み進めてゆくと作者の計算高いプロットがじわじわ姿を現してくるのがわかります。残念ながら、殺害予告を使用した必然性と言う点では満点とはいきませんが、アリバイ計画を眺めてみるとその緻密さから概ね納得できる理由になっていると思います。
加えて、大胆というか蛇足というか、評価に困るA・B・Cの三つの挿話から成る「プロローグとして」という第一章が異彩を放っています。ここではプロローグと言う代物が、
とかく長すぎたり短すぎたりして、読者は悩まされがちなものである。
としながらも、以下のように(ここは大胆に)こう書いています。
読者はこのプロローグのうちに、事件の解答がひそんでいることを…少くともその謎を解く鍵の主要部分が、あからさまに諸君の前に提示されていることを知るであろう。
いささかやり過ぎの感もあるこのプロローグにまさしく読者は悩まされることになります。
本作は、クリストファ・ブッシュのデビューからたった2作目ながら、百戦錬磨の曲芸師の如く超絶技巧のアクロバティックのようにも感じられ、なかなか侮れない作品なのかもしれません。
『ABC殺人事件』の原型とまではとてもじゃないけど言えませんが、本作の変形・発展形のひとつとして誕生したことは容易に想像できるし、もしかしたら『ABC殺人事件』のあの奇妙な挿話も本作のプロローグの変形(突然変異)だと考えると貴重な一作…のような気がします。
ミステリ外でも、クロフツの『樽』最終盤を彷彿とさせるハラハラドキドキのサスペンスフルな追走劇などの読みごたえがある展開も用意されていて、ミステリファンなら一度は読んでおきたいミステリの一つでしょう。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
冒頭からプロローグのクセがすごい。
A:夫に捨てられた妻とその母親の会話
B:嘘くさいシークレット・サービス?同士の会話
C:俳優ジーン・アレンの代役オーディションの列を眺める探偵トラヴァーズ
時系列もよくわからないし関連性も見えない、とかなりめんどくさい。本当に関係あるの?という感じ。
事件の開幕までは派手で読ませるストーリーだが、いざ捜査が始まるとリズムはかなり単調で味気ない。あと探偵役もそうだけど、容疑者たちの名前が覚えにくいったらない。彼らの紹介に際し、登場人物一覧に載っていない親族(しかも同じ名前の)をいちいち紹介するから、全然把握できない。さらっと家系図でも書いてくれた方が良かったのに…
警察の綿密な調査の結果、被害者の4人の甥全員に完璧なアリバイがあることが判明し、捜査は難航する。なかでも一番堅牢なアリバイをもったフランクがうさん臭すぎる。都合よく足にマメをつくって介抱されるわ、コーヒーをわざとらしく服に零すわ、兄弟にさして重要に思えない手紙を送るわ、アリバイ工作に余念がなさすぎて逆に怪しさが倍増している。
ここまでくれば、犯人はたぶんフランクなんだろうし、あとはどうやってアリバイを作ったかに謎は絞られる。
やっぱり兄弟同士でアリバイを確保しあったパターンが想像できるが、そっち方面の手がかりは明かされない、あくまでもフランクの身辺にのみ捜査が集中する。もしかしてフランクはフランクじゃなかった(?)
つまり、一人二役、フランクでありながら別の人物でもあったのか?フランクがプロローグAの夫の正体なのか?それともCのジーン・アレン本人?とも思ったが、他人に成りすましたところでアリバイが確保されるわけじゃなく、あまり意味はなさそうだ。(今思えば、ここまで気づきながら真相がわからなかったとはガッカリ)
物語も佳境に入ったっぽいのでここらで。
推理予想
フ、フランク・リッチレイ
結果
勝利…だけど
なんだかなぁ、べつに真相に文句があるわけじゃなく、やっぱり王道の二人一役だったんだけど、フランクがジーン・アレンに似てるって設定はどこから?
アリバイ工作の時間稼ぎと、レッドヘリングのための殺害予告は概ね納得できるし、プロローグも効果的に用いられています。さすがに替え玉のオーディション(プロローグB・C)は気づかなきゃいけなかったかなぁ…まあ気付かなかったから楽しかったんですが。
余談
Twitterでは
お金を払って読む価値があるか?と聞かれれば、うーんとなる。
— ねこのきもち (@bokuneko89) 2017年5月18日
と呟いたけど、新訳が出れば購入する価値のある一冊だと思いました。東京創元社様お願い致します。
では!