時代別にミステリを読む意義とは

   前にも言ったかもしれませんが、私はミステリをほぼ発表年順に読んでいます。さらによっぽど入手不可の作品じゃない限りシリーズ順にです。なんだ、そんなのあたりまえだろ、という方もいらっしゃるかもしれませんが、単純に「そうしたい」からという拘りだけじゃありません。

 

   なにより重要視しているのが書かれた時代です。ある程度同じ時代の作品をひとまとめにして読んでいかないと、作中に登場する通信手段や移動手段、また警察の捜査方法までガラリと変わってしまい、作品についていけないときがあります。そうなると、同じ評価の観点で眺めることも難しくなり、不公平でもあります。

   そんな理由から私は、ミステリが書かれた時代をざっくり区分化してしまい、名前をつけ、順番に読むことにしているのですが、まず最初に今回改めてミステリから時を読もうと思ったきっかけから話そうと思います。

 

ついに1940年代に突入!

   先日ついにアガサ・クリスティ杉の柩』読了をもって、1940年代の推理小説に突入しました。正直なところ、ヘレン・マクロイ『家蝿とカナリア』(1942)はどうしても読みたくて自分を抑えきれなかったのですが、それ以外は1940年以降のミステリを一冊も読んでいません。

   1920~1930年代は激動の時代でした。そして時代に呼応するかのように、推理小説も最盛期を迎えています。そんな激動の時代を過ぎたとはいえ1940年代は歴史的大戦の真っ只中にあります。はたしてこの大戦からミステリはどのような影響を受けたのか、また科学技術の発展が謎とその解決にどんな作用を及ぼしたのか、そんなことを考えながらミステリを読めると思うと、俄然ワクワクが止まりません。
   ではさっそくミステリから各時代を読んでみようと思います。

 

1800年後半~1919年「ホームズ時代」

   推理小説の始祖といわれるポーの「モルグ街の殺人」から50年近くの間に爆発的に増加した推理小説の勢いは、シャーロック・ホームズの誕生により一定の絶頂を迎えました。この「ホームズ時代」とも呼べる時代に、世界ではどんなことが起こっていたのでしょうか。

  • 1886年 世界初のガソリン自動車が発明される。ただし個人所有できる程安価ではなくあくまでも富裕層向け、レース目的だった。
  • 1895年 世界初の複合映写機「シネマトグラフ」が発明される。これによって大衆に映画文化が浸透する。
  • 1903年 ライト兄弟が世界初の動力飛行(有人)に成功。飛行機の開発競争が激化する。
  • 1914-19年 第一次世界大戦が開戦しヨーロッパ全土に戦火が広がる。

   

   1800年の後半から1920年の間に人々の生活を支える技術や娯楽が目覚ましい発展を遂げていたことがわかります。しかしながら、それらは第一次世界大戦で人命を奪う目的でも悪用されることになりました。ではこの時代の(やや範囲が広いですが)ミステリはどんなミステリだったのでしょうか。

   『緋色の研究』(1888)をパラパラとめくってみると、数ページでワトスンが利用した当時の移動手段が書かれてあります。それが「辻馬車」です。いわゆる馬車タクシーのようなものでなんと1600年代から活用されていたようです。1886年にはガソリン自動車が開発されていたとはいえ、まだまだ富裕層向けの嗜好品だった自動車は、人々の交通手段としては全然浸透していません。

   移動手段が馬車から自動車へ変わった正確な境目は、調べきれていないのですが、『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』(1917)の中の一編『最後の挨拶』を見てみると、これみよがしにベンツ製大型自動車世界初もベンツ製)が登場します。『最後の挨拶』は1914年8月2日に起こった事件とされ、まだまだ一般向けの移動手段ではなく戦争の道具としての側面を持つなど過渡期だったのではないかと想像できます。

   そして、様々な技術革新だけが先行し、人類がその技術に追いついていけなかった時代なのではないかと思いました。開発するだけして、まだ有用な活用方法を把握しきれていなかったのかもしれません。その証拠に、この時代に書かれた短編の多くには、とんでもない兇器が登場します。科学技術がどんどん解明・分析され、それを用いた摩訶不思議な兇器が殺人に用いられているケースが多いと思いました。それらは、ある意味で巨大な実験場と化した第一次世界大戦の戦場で、実地検証され淘汰されながらまた新たな時代の糧として引き継がれることになります。

   これらの点から、「ホームズ時代」のミステリは、種々の急激な技術進歩の影響で、不可思議な事件の謎と解決に焦点が当てられた作品が多いのではないでしょうか。

 

 

1920年代「黄金時代(前期)」

 

   目ぼしい世界的な情勢の変化や技術革新は少ない10年でした。しかしながら、第二次世界大戦の火種はそこかしこに燻っていて、決して平和な10年ということはありません。

   アメリカの大量生産による経済的繁栄は、ヨーロッパにも恩恵を与えますが、その後に起こったことを考えると束の間の10年だったのです。

   この時代に書かれたミステリといえば、アガサ・クリスティスタイルズ荘の怪事件』とF.W.クロフツ』(どちらも1920年)が思い出されます。どちらの作品にも当然のように自動車が登場するなど、人々の生活が第一次世界大戦後ガラリと変わったことがわかるでしょう。また、戦争によって幸福な家庭が不幸せになったり、逆に不幸だった人が成功を掴むなど、逆転の構図が多用されるようになりました。

   そしてライト兄弟が大空への夢を馳せて生み出したはずの飛行機が戦争の道具として悪用されたのと同じように、電話や自動車など科学技術の粋を集めた【手段】を武器に変え、悪辣な殺人を犯す人間に焦点を当てた作品が徐々に増えてきます。例えばS・S・ヴァン=ダイン『ベンスン殺人事件』(1926)では、物理学を応用した警察捜査が用いられながら、利己的な犯人へと導かれてゆきます。そして、謎めいた状況だけではなく、それを引き越した人物について、つまり犯人当ての意匠が高まってきた時代だと言えるのではないでしょうか。

 

1930年代「黄金時代(後期)」

   この2点に尽きます。


   1920年代に負けず劣らず、この10年間も波乱の10年でした。1930年の世界恐慌の波による経済的大打撃と、1939年以降日米も巻き込んだ世界大戦の2つの事象は、人々の希望や生きる活力を奪うのに十分な打撃だったに違いありません。しかしながら、その10年間にもミステリの勢いは弱まることがありませんでした。

   1930年にジョン・ディクスン・カーが『夜歩く』で戦慄のデビューを飾った同じ年にアントニイ・バークリーは不朽の名作『第二の銃声』を、1932年にはエラリー・クイーンが『Xの悲劇』を皮切りに傑作シリーズ『悲劇四部作』を生み出しています。

   それらの作品に見られる傾向はどのようなものがあるでしょうか。一概には言えませんが、戦争や不景気で疲弊した精神を癒す娯楽作品として、ミステリが確立されてきた節があります。

   その趣向が極限まで高まった作品は、やはりエラリー・クイーンなのではないでしょうか。推理小説界屈指のパズラーであるクイーンの作品は読者への挑戦状なる頁が挿入され、一種の知的ゲームとしてミステリを位置づけた重要な作品群です。

   つまり、この10年間では先の1920年代で高まった犯人当ての趣向が極限まで高まってひとつの様式としてされています。そして、ゲーム要素が強まったことで、謎の解決に人間の心理や叙述トリックなどが効果的に用いられ、込み入った人間ドラマが挿入された作品が多いのではないでしょうか。

 

1940年代 「?????」

   引き続き、1940年代の大半は戦火の中にあります。その中でどんなミステリが増えてくるのかは、想像するしかありません。

  1. 戦争との絡みが増える。当時の戦況を考えるとドイツ人=敵という構図が生まれるに違いありません。ドイツ人の登場人物は減るでしょうし、減らす以上戦争というものがもっと身近にミステリに登場するかもしれません。
  2. 日本を含むアジアの描写が増える。第二次世界大戦といえば日本が参戦し、原子爆弾による壊滅的な被害を被ったことは世界でも有名な話です。アジア諸国の情報が欧米のミステリに多く登場することも十分予想できます。
  3. 新たな技術革新の兆し 第二次世界大戦中に開発されたもののなかには、プログラムされたデータを元に自ら考え実行する機械、つまりコンピューターがありました。もしかしたら、人間が科学的な知識だけでなく、実物の機械を用いて論理的な捜査を行う、そんな描写のあるミステリもちらほら出てくるのかもしれません。

 

 

   以上長々となってしまいましたが、書いているうちに1940年代のミステリを読むにあたって、早くもドキドキワクワクしている次第です。

   読書リストを眺めていると、まだまだクリスティ、カー、クイーン、クロフツなどの巨匠たちは、大活躍中。クリスチアナ・ブランドやヘレン・マクロイを含む実力者たちの、新しいミステリにも期待が高まります。

   次はいつになるかわかりませんが、次回はもう30年分くらい読んでからになるかなー。

 

 

では!