発表年:1937年
作者:E.C.R.ロラック
シリーズ:ロバート・マクドナルド12
いやぁ好きです、こういうミステリ。
本作が初ロラックだったのですが、大満足でした。
まずは
粗あらすじ
デビューから数作以来、鳴かず飛ばずの作家ブルースは、謎の人物ドブレットの陰に悩まされていた。まるで“死体安置所(モルグ)”のような不気味な雰囲気と、その象徴のような塔をそなえたドブレットの根城を中心に、謎が謎を呼ぶ事件の幕が上がる。
数ページ捲ったところで瞬間的に、ミステリを読んでいて久しく感じていなかったある感情が呼び覚まされました。
あれはそうだ、ヘレン・マクロイの『家蝿とカナリア』を読んだ時と同じ。
tsurezurenarumama.hatenablog.com
記事内でも、“完璧までに美しい情景描写と、頭の中で具現化されるクラシック感溢れる街並み”と大絶賛したのですが、また同じ感覚を味わうことができました。作者の色に関する描写力の素晴らしさも同様に高いレベルです。本書の、解説で翻訳者の駒月雅子氏も、ヘレン・マクロイを引き合いに出していたので、同じように感じた読者も多いのかもしれません。
序盤は、魅力的な謎と舞台を中心にはしているものの、やや緩慢な展開に焦らされます。しかし、事件が発生し、本格的にマクドナルド警部が動き始めると様相は一変します。
謎が読者を翻弄するのではなく、探偵がしっかり手綱を握り物語を進行させてゆく。まさに、魅せる探偵といったところでしょうか(ちょっと盛り過ぎかなと感じるところもあるが)。
センスがあってウィットに富み且つ知性溢れる会話の数々は、どこかセイヤーズのピーター・ウィムジィ卿を想像させ、生き生きとした登場人物たちはクリスティの作品群を彷彿とさせます。黄金期のよきミステリを堪能できるでしょう。
ただ、肝心の犯人当てについては、そんなに難易度は高くなく爽快感も少ないため、事件の発端が魅力的なだけに、少々もったいない気がするのも事実です。また結末の性質上、釈然としない説明もあるのですが、それらもどこか、計算して構成しているような気がしないでもありません。もちろん、特徴的なオチにまでもその計算が徹底されているように思えます。
いわゆるガチガチの本格!とまではいかないものの、古き良きミステリとして、後世に残るであろう作品であることに違いありまさん。
ネタバレを飛ばす
超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
事件が起こるまで(死体が見つかるまで)は、やや動きがゆっくしていて、大丈夫かな?と心配だったが、いざ物語が動き出すと思考のフル回転を要求される。
まず死体が誰かが最重要のように思える。はたして単純にブルースと考えてよいものだろうか。
ドブレットというあまりに目立ちすぎるキャラクターもかなり怪しく、実在しない誰かの変装という線も十分考えられる。となると、ブルースの杞憂自体が演技の可能性もある。つまり
①死体がドブレットで犯人がブルース
②死体はやはりブルースでドブレットに変装した第三者が犯人
大きくこの方針で進んでいいか。
ここで動機を考えると、ブルースの浮気に対する脅迫、という線は弱い気がする。冒頭で遺産相続の話が出たことからやはり、“老兵”アダムの遺産目当てが動機でいいと思う。となると、アトルトン家の親族の不審死も怪しく見えてくるし、ブルースの死も現実味を帯びてくる。
ブルースの死によって利益があるのは妻シビラとその愛人バローズが第一。グレンヴィルはやや遠いとはいえ可能性は無くもない。もちろんエリザベスも候補に入る。安全圏にいそうなのがロッキンガムだが、終盤でアトルトン家のもう一つの親族の存在が明るみに出ると俄然容疑者候補に入れなければならない。グレンヴィルに対する第一の襲撃も現場にいたロッキンガムなら可能だ。
執事のウェラーが親族の可能性はあるか?なくはない。しかし終盤の事故?で可能性は共犯止まり。同じくグレンヴィルも被害者だから容疑者からは外れる。やはり実行犯がグレンヴィルorウェラーで共犯者エリザベスorロッキンガムが濃厚だろうか。人格面から見ると、エリザベスやウェラーはもちろんない。ただ、車の炎上の目的が、実行犯による共犯者の殺害だったとすれば、やはり共犯の可能性は拭えない。
消去法ではロッキンガムなのだが、鉄壁のアリバイがあるため、ブルース殺害は難しい。
そもそも発端に立ち返り、見つかった死体は本当にブルースなのか。
ブルースしかない。
仮にロッキンガムが親族だとして、どうやって遺産を相続するつもりなのだろうか。そしてアリバイ崩しができない。
容疑者
ロッキンガム
対戦成績
対E.C.R.ロラック1勝0敗
犯人当てには成功しましたが、根拠はなく、あくまで予想。完全勝利とはいきませんでした。
怪しい人物が次々と被害に遭っていくので、消去法で近づき易いのは事実ですが、いずれにせよアリバイトリックはなかなか秀逸。遺産の相続方法もそれなりに考えられており、穴がありません。
さらにオチの無常さはインパクト十分で、ニヤニヤが止まりませんでした。
では!
ネタバレ終わり