発表年:1932年
作者:グラディス・ミッチェル
シリーズ:ミセス・ブラッドリー
グラディス・ミッチェルの作品は、残念ながら邦訳されているものが少なく、デビュー作でさえ未翻訳です。
1929年から1984年という長きにわたって、特異な探偵と異質な謎を中心に据えたファルスミステリを書き続けたのだから、もっと邦訳化が進められてもいいと思います。
物語は、
父親不明の子どもを身ごもった牧師館のメイドがお払い箱となるところから始まります。その後も、楽しい出し物満載の村祭りや白熱したクリケットの試合など、ソルトマーシュ村の人びとの暮らしに焦点があてられるのですが、そんなほのぼのとした日常の裏で、凄惨な事件はすでに発生していました。事件は事件を呼び、いよいよ村に滞在していた心理学者ミセス・ブラッドリーの登場となります。彼女は牧師館で暮らす青年ノエルを助手に謎の解決に乗り出すのですが……
本作の主な特徴としては以下のものが挙げられるらしいです。とその前に、以下の特徴といったものを全く読まず、予備知識なしで読んだ方が面白いとは思います。
- エキセントリックな登場人物
- 主要人物の中に子どもがいる
- 一癖も二癖もあるユーモア描写。
- 推理小説における「お約束」を度外視した独特のリズムとテンポ
1については、まず探偵役のミセス・ブラッドリーからしてエキセントリックです。
黄色い顔に魔女を思わせる黒い目。総合的に見れば本人曰く「ワニ」だそうな。
さらに、本作のワトスン役の青年に言わせれば「目つきが、とにかく悪そう」なので、風貌だけでとにかく奇天烈な人物であることがわかります。
かといって彼女の存在が、作中で浮いてしまわないのは、その他に比肩する奇人変人が多数登場するからで、ある意味バランスが取れていると言えるでしょう。
2については、まずワトスン役の副牧師ノエルが多感な青年で、年相応の若々しい反応と男の子らしい一面が見どころの一つです。
ただし、従来のワトスン役とは違い、低年齢ゆえの的外れな推理はご愛嬌。ノエルの彼女ダフニやその弟ウィリアムなどもしっかり作中でミステリに絡んでおり、子どもとミステリの相性の良さにも驚かされます。
3については、細かい点を挙げればきりがないのですが、当時の推理小説では珍しい性的倒錯をテーマに(さらに子どもと組み合わせて)、かつブラックユーモアとも受け取れる描写をふんだんに盛り込んでいます。
といっても必要以上にグロテスクであったり、不愉快な気持ちになることはありません。
このユーモアはウィットとかジョークとかギャグといったものとは違う、簡単に言えば「いたずら」のようなものかもしれません。
そして4ですが、個人的にはあまり気になりませんでした。
というのも、詳細は省略するとして、ある程度共通する(もしくは大多数の)推理小説で「お約束」のようになってしまっている流れを、逆行するかのような描写が存在することで、推理小説ファンにとって、それが肌に合わなかったり、退屈だと感じさせる一因になってしまったようなのです。
わたしとしては、「え?えっ?」とはなりましたが、それが不快には感じなかったし、むしろ、そう来るか!と意表を突かれたことで起こる一種の笑いの感情さえ生じました。
そんなこんなで(どんな)上記の4つの点からも、本作が一般的な推理小説とは一味違うミステリなのかとお思いでしょうが、それも少し違うようです。
動機・トリックにおいては、十分納得でき、分析もなされているし、なにより謎解きの方法が好みです。いかにも教師であったグラディス・ミッチェルらしさが出ているし、心理学者であるミセス・ブラッドリーとの相性も良い。
グラディス・ミッチェルは、ディテクションクラブの初期メンバーですが、同時期の著名な推理作家たちとは、最初から別次元で推理小説に取り組んでいたようです。
前述の4つの点を含め、独自のエッセンスを加えながらもディテクション(≒探偵)することにかけては、軸がブレず堅実に、鮮やかに謎を解き明かしていきます。
スタート地点は違っても、ゴールは同じ。
推理小説というジャンルの懐の広さを感じさせる重要作家だと思います。
では!