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トリックの大渋滞につき注意【感想】ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』

 

三つの棺〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

三つの棺〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

発表年:1935年

作者:ジョン・ディクスン・カー

シリーズ:ギデオン・フェル博士6

 

粗あらすじ

超自然的な現象を解き明かすことにかけては著名なグリモー教授のもとに、突如一人の奇術師が現われた。彼が残した「三つの棺」という不吉な言葉と脅迫めいた文句には一体どんな意味があるのか?雪舞うロンドンで恐ろしい密室舞台の幕が上がる。

 

   間違いなく密室もののミステリの中でも上位に食い込む名作だとは思います。ただ、前回読んだ『死時計』と同じく、かなり混雑している感もあって、特に、大掛かりなトリックが複数用いられている為、トリックの大渋滞が起こっているような気がします。大渋滞と言っても、実際には「第一の棺」の密室状況、そして「第二の棺」の足跡のない殺人の二つだけなのですが、これらが相互に作用しあうと、とんでもなく複雑で難解な事件になってしまいます。

   正直どちらも、片方だけを見ると完全無欠に見え、有名な<密室講義>あたりまでは、混沌の中に首を突っ込んだような絶望感と無力感に包まれていました。

   とはいえ、渋滞は必ずしもストレスを蓄積させるだけの悪い現象ではありません。皆さんも車を運転したことがあれば経験済みだと思いますが、渋滞が解消されスムーズに車が動き出したときに感じる解放感や高揚感は「渋滞に遭遇したから」こそ得られるものです。閉塞からの解放という意味で本作ほど強い快感を得られる作品は少ないかもしれません。

 

   少し話は逸れますが、今までカーの作品を十数作読んできて、彼の作品の持ち味が怪奇幻想密室不可能犯罪だということは理解しているのですが、そこに“やりすぎ感”が付加されるのではないかと思いました。この“やりすぎ感”は、込み入った事件という意味だけではなく、不可能犯罪や密室殺人を現実にするための一つの要素として機能しています。

   一歩間違えば、「ご都合主義」「運頼み」と言われかねない諸刃の剣ですが、カーの作品ではそれら“やりすぎ”の趣向が大胆かつ巧妙に物語に組み込まれています。

   カー以外の作家の作品なら酷評したくなる内容でも、カーの作品だったら、一つ二つの運要素も気にならなくなってくる不思議。

   では本作ではどうか…は是非本作を読んで確かめてください。

 

   もう一つ本作の見どころが、大胆な手がかり配置です。事件の趣向と密接に結び付けられたあるヒントの提示は、これみよがしに晒されており、しかも同時に二つの不可能状況の説明にもなっているのだから驚かされます。

   一見複雑難解で“やりすぎ”にも思える数式でも、目の前には読者を嘲笑うかのように常にそれを解く公式が提示されている。そんな、カーの創作能力の高さと同時に、推理作家としての矜持から遊び心までとくと感じることができる一作でした。

 

 ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

 《謎探偵の推理過程》  

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

 

 

   フレイの弟というのがなんとも胡散臭い。たぶんいないんだろうな。それかありきたりに弟は身分を偽ってグリモー教授の身辺に潜んでいるか。

 

   いざ密室殺人が起こってみると、その堅牢すぎる状況に全く思考が追い付かない。これを論理的に説明できるトリックが果たしてあるのだろうか。

   そして中盤に起こる<足跡のない殺人>も鉄壁だ。正直全然推理する気すら起きない。

   さらに動機も難解だ。グリモー、フレイ両人を葬りたい動機を持っている登場人物が思いつかない。やはり姿なきアンリか?うーん…

 

   第一の密室事件は(ピンともきてないが)、共犯者がいたのだろうと思う。たぶんグリモーの家政婦マダム・デュモン

   14章で曲芸師オルークが明かす、2つの奇術のネタばらしの中に、

共犯者がいる奇術

入れ替わり?のトリック

が示唆されていた。共犯者については間違いないように思えるが、入れ替わりについては全く思いつかない。

   ミルズがしっかりと部屋の中にいるグリモー教授を見ているし、実際に死んだのも彼なのだから。

 

   根本に立ち返って、ミルズがウソをついていると仮定すればすべては変わってくる。ミルズ(アンリ)とマダム・デュモンが共謀し、グリモーを殺す、というところまでは実現可能だろうか。しかし、そうなると密室トリックが意味をなさないし、そもそも第一章でミルズは嘘をついていない、と念を押されていた。くそう。上手くできてるな。

 

   もう一つの仮説はアンリが果たして弟だったのか、という点。調べてみるとアンリエッタやアンリエットにすると女性名にもなるらしいし、しかもマダム・デュモンの姓は不明(頁47)。妹というと年齢的に合わないので姉なのか。

   彼女がグリモーを唆し、一人二役でフレイとグリモーを演じさせるのが密室トリックなのかもしれない。見返してみると、マダム・デュモンは最初の取り調べの後、病院に運ばれたグリモー教授を追って部屋を出ている。フレイを殺すのも可能だろう。

 

推理結果

マダム・デュモン

結果

敗北

   個人的には結構惜しかったと思っています。犯行時間の誤認は納得しがたいところもあってモヤモヤ。ただ、14章の秀逸な手がかりを含め、メタ趣向のはずの<密室講義>内の仄めかしも、実は本事件の手がかりとなっているなど、手がかり配置の妙が随所に冴えていました。

   また、トリックも事件も複雑ながら、そこに至るまでのプロセスはしっかり構築されていることを読み返して感じる名作だと思います。

 

 

ネタバレ終わり

   カーの遊び心と言えば、やっぱり第17章の<密室講義>

   これが読みたくて本書を取った読者も多いのではないでしょうか。かくいう私も<密室講義>が読みたくてフェル博士ものを消化してきたところもあります。

   結論から言えば、やや他作品のネタバレ気味なのを除けば、かなり充実していると思います。ただフェル博士の言う

この章は飛ばしてもよろしい

を鵜呑みにするのは反対です。ある程度ネタバレには覚悟して(ヤバい!と思ったら数行飛ばすのが吉)、是非<密室講義>を読んで本書の謎解きに挑戦することをオススメします。

 

 

では!