これは良い伯母ミステリ【感想】アントニイ・バークリー『ピカデリーの殺人』

発表年:1929年

作者:アントニイ・バークリー

シリーズ:アンブローズ・チタウィック2

 

 

粗あらすじ

犯罪研究家のチタウィック氏はピカデリーホテルのラウンジで休憩中、図らずも重要な事件の目撃者になってしまう。絶対の自信がありながらも警察側と容疑者側の板挟みになったチタウィック氏は渋々独自に捜査を始め… 

   

   ちょっとわかりにくいかもしれませんが、本作はリチャード・ハル『伯母殺人事件』と併せて、二大伯母ミステリの一翼を担う名伯母ミステリ、オバミスだと思うわけです。

   ここで言う○○ミステリというのは、本格もの、メタミス、イヤミスといったジャンルや傾向を細分化したものでも、密室、クローズド・サークルなどのミステリ状況をジャンル分けしたものでもありません。簡単に言えば、登場人物や時期など、ミステリとは直接関係無いが、読者に強い印象を与える要素があるミステリです。まだまだ分かりにくいので少し例を挙げましょう。

   例えば病院ミステリと言えばエラリー・クイーン『オランダ靴の謎』やパトリック・クェンティン『迷走パズル』が思い出されるし、クリスマスミステリならアガサ・クリスティ『ポアロのクリスマス』やマイクル・イネス『ある詩人への挽歌』、逆にドロシー・L・セイヤーズ『ナイン・テイラーズ』は年越しミステリ、という具合に無限に生み出せてしまうジャンルだと思っています。楽しい。

 

   そんなわけで本作は、印象的な伯母が複数登場するれっきとした伯母ミステリというわけです。

   伯母というのは結構欧米のミステリ内では不遇のポジションで、たいてい余命幾ばくもない大金持ちで、常に命を狙われているイメージがあります。そんな、狡猾な犯人に食い物にされるのを待つだけの伯母は多くのミステリに登場するのですが、本作ではどうでしょうか。このままでは伯母ミステリの紹介だけで終わってしまいそうなので徐々に話を戻そうと思います。

 

   本作で伯母たちの存在感に負けず劣らず孤軍奮闘するのは、探偵役である自称犯罪研究家のアンブローズ・チタウィック氏その人です。登場自体は『第二の銃声』に続き2作目なので、本作中にも前作の記述が少し登場します。未読の方は注意した方がいいかもしれません。

   本作では、チタウィック氏は“巻き込まれ型”の探偵です。必死で自分の良いと思う方向に行動するのですが、結果として意志の弱さもあってどんどん事態が悪化してしまうのがなんともユーモラスに描かれています。ここらへんはチタウィック氏のキャラクターも含めて『第二の銃声』と似ている部分もあるのかなと思います。

 

   また、最初はミステリの構成上チタウィック氏が間違っていて、真相にもこうだろうな、というおおよその目安を付けていたのですが、素人探偵が増えてきて事件の新たな面が見出され始めると、その事実を眺める視点そのものが変わってきて見事に翻弄されます

   さらに、序盤の緩やかな流れに比べて、終盤に行けばいくほどスピード感が増すのも魅力の一つです。特に解決部分は、同じ小説なのかと疑いたくなるほど。

 

   ただ読み返してみると、一点だけ苦しいエピソードもあって、惜しいなと思わないでもないのですが、そこらの超人探偵では出せないうま味がでているのも事実です。良い伯母ミステリ以前に良い甥ミステリとして、いや、普通に良いミステリとしておすすめできる一作でした。

 

ネタバレを飛ばす 

 

 

以下超ネタバレ  

《謎探偵の推理過程》  

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

 


   良い巻き込まれ方してるなぁ。自然かつ合理的、疑うまでもなくチタウィック氏の目撃したことは正しい(正確)。なのにやっぱりミステリ的には犯人じゃないんだろう。

 

   正直、『第二の銃声』のピンカートン氏もそうだけど、チタウィック氏のキャラクターが好みじゃない。なんだかイライラするし、なんかこうキィ~っとなる。とはいえ、つい意思と反して探偵活動を開始してしまったり、謙虚になった次の瞬間に浮かれたり、と人間味が溢れているという見方もできる。

   そしてチタウィック氏の伯母とのやりとりが無茶苦茶面白い。彼の伯母がミステリに直結してくることはないものの、全体の雰囲気作り、チタウィック氏の人物造形と推理プロセスに強力な影響を与えているのは言うまでもない。

   被害者と立場が同じ(伯母)というのも推理の原動力になっていそう。

 

   肝心の容疑者候補だが、リンに似ている従妹のベンスンは確定だろう。彼がピカデリーでミス・シンクレアと話していた人物なのは間違いがない。

   彼のアリバイ自体はほとんど作中に出てこないが、敢えて書くまでもないということだろうか。そうなると主犯(計画者)を探すことになる。

   候補者としては、まずミス・シンクレアのお相手役(?)ミス・グール。もしかするとベンスンと夫婦もしくは恋人だろうか?彼女を見かけたことがあるというチタウィック氏の言葉から、ピカデリーでチタウィック氏を呼び出したのはミス・グールだろう。

   これで決まりのような気がするが…

 

   もう一人気になるのが、素人探偵役としてチタウィック氏に協力するマウスだ。彼はリンの妻ジュディスに恋しており、リンが死刑になれば、間違いなくジュディスに求婚するだろう。お金ではなく愛が動機の殺人、こっちの方が話としては面白い。

   ただこの場合、マウスがグールの身分を暴こうとチタウィック氏に協力していることから、マウスとグールは相互に面識は無いのだろう。

   よし!これだ!

 

 

推理結果

マウス(共犯ベンスン&グール)

結果

完全敗北

   そうか…そうなのか…超どんでん返しなんですが、納得はしてしまうんですよね。彼女の経歴も実は細かく描写されていたし。

   ただ、犯人自身がチタウィック氏に捜査を依頼する件だけが後味が悪い気もします。アンフェア、とまでは言いませんが…

   関係者のアリバイがほとんど問題にされないのですが、ここらへんは警察とは違う素人探偵の限界ということでしょうか。むしろアリバイや直接的な物的証拠だけではなく、関係者の証言や心理的な分析によって地道に真実へ向かう様はなかなか上手く書けていると思います。

 

 

 

 

 ネタバレ終わり

   また元に戻ってしまい申し訳ないのですが、今ざっと見返してみても叔母が登場する海外ミステリってかなり多いです。クリスティのミス・マープルも作中の登場人物からすれば叔母だし、軽く数えてみただけでも、ミステリに絡む叔母は30人くらいはいました。

   現実世界でなかなか叔母さんと絡む機会がないだけに、もしかしたら叔母さんというのはミステリにおいてのみ輝く、ミステリに必要不可欠な存在なのかもしれない…気がする…的な。

 

 

では!