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謎解きも容易だ【感想】アガサ・クリスティ『殺人は容易だ』

 

殺人は容易だ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

殺人は容易だ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

 


発表年:1939年

作者:アガサ・クリスティ

シリーズ:ノンシリーズ(バトル警視登場) 

まずは粗あらすじ

イギリスの植民地マヤン海峡に駐在していた元警官ルークは、偶然乗り合わせた列車で親切そうな老婦人と出会う。老婦人の話では、彼女の村で連続殺人事件が起こっており、次の被害者も予想されているのだという。はたしてそれらは老人の戯言なのか、それとも…

 

   舞台となるウィッチウッド・アンダー・アッシュは、たぶんロンドンの西に位置するオックスフォードシャー州の町アスコット=アンダー=ウィッチウッド(Ascott=Under=Wychwood)のことなんじゃないかと思っています。

指定した地点
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 Google Maps

   GoogleMapでウィッチウッドの教会周辺を見ると、なんとも素晴らしい景色が見えてきます。方々に生えた野草や刈られていない木々だけでもザ・イギリスの田舎を表しているし、街並みも風情があってうっとりしてしまいます。また、近辺には自然保護区が設置されており、ウィッチウッド(=魔女の森)の通り、不気味な森と草原があって、夜な夜な如何わしい儀式をしていそうな雰囲気が漂っているので、是非読書の際には一度見てほしいです。つくづく便利な世の中になったなぁ…

 

   余談はさておき、本作の感想。

   本作は間違いなく連続殺人ものです。真相の解明には、被害者同士の繋がりや彼らの背景を掘り下げていく必要があり、王道のミッシングリンク(=失われた環)を追い求める展開になっています。

   ノンシリーズのクリスティ作品にしては、珍しく男性が探偵役を務めるのですが、当たり前のように恋に落ち、猪突猛進に目の前にぶら下げられた事実を盲目的に追い求めるのは従来どおりです。ただ型どおりのキャラクターが多いクリスティ作品にあって、正常な指針から少しずつ狂ったようなキャラクターたちが多く登場するのが本作の一番の特徴かもしれません。大量殺人が平然と行われるという異常な状況の中で生きている、少しズレている彼らに立ち向かうのは、これといって特徴の無いいたって普通の紳士なのだから、そんなに先は明るくない気がします。女性にはすぐに嘘を見抜かれるし、簡単に恋にも墜ちる。色眼鏡で容疑者を見てしまうのも、初期のクリスティ作品に登場する真っ直ぐな男性そのものです。

 

   だからこそルークの視線を追って、その反対を見れば犯人なんだろう…と思っていたらそう解決は単純じゃありませんでした。

   タイトルで「謎解きも容易だ」なんて大見得を切ったはいいものの、いざ正しい犯人に見当をつけたタイミングを見返してみると、その直前ギリギリまでクリスティの掌でコロコロと転がされていたことに気付きました。つまり、「ここらで犯人が誰か気づくでしょうね」「ここでわからなかったら馬鹿よ」とクリスティが笑っているような気がしてなりません。

   そういえば、クリスティを称賛する言葉の一つに「欺しの天才」というのがあります。これは同じイギリスのミステリ作家であるロバート・バーナードの言葉ですが、その他にも、こんなのがありました。

女史は私達の常識や無意識の先入観の虚を突くようにして、読者を誤った方向に導きます。

ー本書の神命明氏による解説

クリスティーは、ミステリを読む者がどんなときにある人物を疑い、どんなときに容疑者から外すか、を完璧に心得ている。

ー霜月蒼氏『アガサ・クリスティー完全攻略』頁321

   これらの評を本作ほど完璧に体現しているミステリは無いと思いました。もちろん『アクロイド殺し』だったり『オリエント急行殺人事件』などの、読者を手玉に取る軽妙なテクニックも素晴らしいのですが、本作では犯人がトリックを成立させるために必死で走り回ったり、血の滲む努力をするなどの焦りがほとんど見えず終始余裕が感じられるのがポイントです。そのように、綱渡りのようなギリギリの設定の中で、騙りの巧みさによってのみ物語を成立させてしまった手腕に、クリスティの本分を見た気がします。

 

 ネタバレを飛ばす

 

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。


   登場人物一覧を見るとバトル警視が登場するらしいので、楽しみで仕方がない。さてどこで探偵役に浮上するのか。

   元警察官ルークはいつも通り、真っ直ぐで厭味ったらしくなく、好感が持てる。

   肝心のミステリは、物語中盤まで新たな殺人が起こらないため、手がかりが少ないような気がする。

 

   気になるのは容疑者のほとんどが村内で誰かに憎まれていた、疎まれていた、もしくは明らかな欠点を持っていたという点。秘密を知ってしまったミス・ピンカートンを別として、そういった欠点や悪徳を狂信的に憎む人物による殺人、という仮説は成立しそうだ。そうなると、完璧主義者のホイットフィールド卿と秘書(で婚約者)のブリジェットが一番怪しい。

   ホイットフィールド卿はいささか頭が回らなさそうなので、実行犯はブリジェットかもしれない。

   ブリジェットがルークに心惹かれる描写もあったが、ホイットフィールド卿に対する愛は冷めておらず、探偵役のルークを騙すために彼に近づいた、とも容易に想像できる。

   初めっから犯人の家に滞在する、という不運を考えるとルークの今後が心配だ。

 

   ようやく新たな殺人が起きたが、まぁエルズワージーじゃないだろう。如何わしい儀式をやっていたからといって、それを諌められただけで何人もの人間を殺すというのは非合理的すぎる。これには引っかからない。

   そして、最後の被害者がホイットフィールド卿の運転手であり、卿にを侮辱する行為によって罷免されたことを考えると、ホイットフィールド卿の容疑はますます強まる。同じようにブリジェットも…

 

   本作は謎解きに至るまでが曖昧で明確に区切るのが難しい。ただ19章になり、ホイットフィールド卿がコレクションのナイフを扱っている点でピンときた。

   あれ?もしかしてとんでもない勘違いをしていないか?ホイットフィールド卿ではなく、ホイットフィールド卿を愛する邪魔なブリジェットに罪をなすりつけるのが目的だったのでは?そして、未だホイットフィールド卿を愛しており、いつも彼を支え応援し影の暗殺者として暗躍していたのは、ミス・ウェインフリートなのかもしれない。

 

推理予想

ホノリア・ウェインフリート

結果

勝利…なのか?

   犯人が告白する前に気付いたとはいえ、あくまでもクリスティの計算通り順調に騙されていました。やっぱり完全敗北です。動機も全然違ったし。

   「彼」とか「彼女」という仄めかしにはいつも注意を払っているので、性別に関するルークの勘違いには全然引っかからなかったのですが、ホイットフィールド卿へのミスリードには完全にハマってしまいました。

   犯罪計画を客観的に見てみると、全体的に薄氷を踏むような危なっかしいものなのですが、素地が“田舎の殺人”なので、らしいっちゃらしい。そういえば、またバトル警視全然活躍しなかったな…いつ出番がもらえるのかなー。

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレ終わり

『杉の柩』も読み終わってしまったので、ポワロシリーズは残り15作。着々と進んでいます。

 

では!