僕の猫舎

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今までのX-MENシリーズとは一線を画すヒューマンドラマ【ネタバレ・感想】『LOGAN/ローガン』

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引用:http://www.foxmovies-jp.com/logan-movie/sp/productionnotes.html

   X-MENファンなら必ず見ておきたいウルヴァリンが出演する最終作、ということでさっそく見てきた。

 

   結論から言えばタイトルどおり、シリーズが狙っている客層も、ストーリーの毛色も、観客が求めている展開もキャラクターも全て真逆を行くという意味で、従来のシリーズとは一線を画している。しかも今までとは違ったテイストとはいえ、シリーズ新規参入者向けでも全く無いため、なかなかX-MENシリーズの予備知識無しで鑑賞するのもオススメできない。かといって本作を見るために全シリーズ鑑賞するほどのものでもない気がする。

   うーん…胸がワクワクする面白いミュータントも出てこないし、やっぱりマニア向けのマーベル作品か。ヒューマンドラマが見たいなら他でも見れるしな…むちゃくちゃグロいヒューマンドラマという意味ではレア。

 

   以下ネタバレなしで感想が書けなさそうなので、是非本作鑑賞後にご覧いただければと思う。

 

 

あらすじ

   時は2029年の未来。なぜか突如新しいミュータントが誕生しなくなった近未来において、かつては最強のサイキッカーだったチャールズ(プロフェッサーX)と無敵のヒーリング・ファクター(治癒能力)と超合金性の爪を持つローガン(ウルヴァリン)を中心に物語は展開する。そこに現われるのは、謎の少女ローラとローラを追う武装集団。図らずもローラを匿い逃走する為に大陸を縦断する3人は、道中で様々な人間と触れ合いながら、あるかどうかもわからない安息の地EDENを目指す。

 

 

 

   本作には実に多くの謎とそれを解決に導く伏線が隠されているため、それらを順に追いながら感想を書いていきたいと思う。

 

なぜ新たなミュータントが生まれなくなったのか

   先に答えを言うと、ミュータントにのみ作用する遺伝子組み換え食品を作って市場に流通させることによって新たなミュータントの誕生を減少させようという計画があったらしい。現に、作中でもとうもろこし農家やローラがばりぼりコーンフレークを食べている描写がある。

   実際にその遺伝子組み換え食品が精子卵子に影響を与えるのか、ミュータント能力自体に影響を与えるのかは不明だが、たぶん前者だろう。つねにミュータントと人間の共存を目指したチャールズに対する人間の裏切りとしては、これ以上酷いものは無い。チャールズの能力をしてこの事実を知らなかったとは考えられず、彼の老化や能力の暴走は、その精神的なダメージの影響もあったのかもしれない。

 

ローラの正体

   驚異的な治癒能力とアダマンチウム製の爪からわかるように、ローガンの遺伝子を用いて人工的に造られたミュータント、それがローラだった。なので人為的なものとはいえ、明らかにローガンの娘である。

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引用:http://www.foxmovies-jp.com/logan-movie/sp/productionnotes.html

   私は鑑賞前まで、ローラは奇跡的に誕生した新世代のミュータントだと思っていた。つまりチャールズにとっては希望の星、これからのミュータントを背負って生きる宿命を持ったスペシャルな存在だ。しかし事実はどうだったか。なまじ感情を持たせた所為で、殺人マシーンとして機能せず、使い物にならない欠陥品、それが彼ら新しいミュータントだ。だれからも疎まれ処分の対象となって命からがら逃げる子どもたち。そんな彼らに明るい未来が想像できるはずもなく、ましてはミュータントたちにとっての希望の星とは到底言い難く、胸が締め付けられる思いで鑑賞していた。

 

二人の最強ミュータントの弱体化

   始まって早々、なんの能力を持たない人間にもぼこぼこにやられてしまうローガンの衰えた姿に悲しくなった観客は多かったと思う。3本ある爪も1本はまともに射出せず、治癒スピードも遅くダメージが長く残る。

   チャールズもアルツハイマーらしい症状に悩まされ、ローガンの名前さえ思い出せない。度々突発的な発作に襲われ、身の回りの人間もミュータントも無意識に傷つけてしまう日々に嫌気がさしている。

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引用:http://www.foxmovies-jp.com/logan-movie/sp/productionnotes.html

   こんなに弱弱しく痛々しく描かれたヒーローが未だかつてあっただろうか。物語が進むにつれて、ローガンの体調不良は体内のアダマンチウムの毒素が治癒能力に悪影響を及ぼしていることがわかってくるのだが、ローガンはそれを治療しようとはしない。200年近く生きてきて、愛する人を全て失った彼に生きる気力はほとんど残っていなかったのだ。

   ローガンだけならまだ予想通りだったのだが、それ以上にショッキングだったのがチャールズだった。作中では、過去に起きた発作で、仲間であるミュータントと人間を殺してしまったことがニュース番組でサラリと告げられる。この事件がチャールズに与えた絶望は計り知れない。つまりこの映画が自殺願望者2名と殺戮マシーンとして育てられた少女のヒューマンドラマ、というなら、これ以上にバッドエンドを想像できる映画はほかに無い。

 

ところどころに挿入される親子愛

   ローガンとローラの親子愛がメインテーマなのはよくわかるが、その一点だけをみるとどうも全体を捉えられない。例えば、何故ローラはローガンを親と認識したのか。ローラの持っていた自信の出生を表すカルテには遺伝子提供者としてローガン(の本名)が書かれていた。決して「父親」というフレーズは出されていない。なのにクライマックスの激闘では涙ながらに「パパ」と訴える。はたして。上映の2時間の間にローラの心にはどのような変化が起きたのだろうか。

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引用:http://www.foxmovies-jp.com/logan-movie/sp/productionnotes.html

1.ガブリエラの存在

   彼女は研究所からローラを含めた子どもたちを逃がした存在だが、研究所内で誕生会を開いたり、積極的に子どもたちを純粋な殺戮マシーンにさせないように普通の生活を教えている。そして、殺処分が決まった後は、命をかけて彼女たちを逃がし、ローガンには母親だと嘘を言い、死の前に残した動画の中ではしっかり「愛している」と伝えている。

   ガブリエラの愛がローラに伝わっていたのは間違いない。もちろん父親という存在をローラに教えていたとも想像できる。

2.チャールズの助言

   チャールズがローラにローガンのことをどのように伝えていたのか、それは想像するしかないが、間違いなく、ローガンの本質を見抜いてローラに伝えていたに違いない。そこには実の父親だという情報も含まれていただろう。

   そして、旅の途中偶然出会ったマンソン一家との交流を勧めたのもチャールズだった。本物の家族と触れ合うことで、家族とは父親とはなんなのかを見せようと思ったに違いない。

3.ローガンの持つ父性

   シリーズを鑑賞している方ならわかるだろうが、過去作どれを見ても、ローガンの面倒見の良さは随所に現われている。一見、粗野で乱暴な一匹狼だが、弱い者には必ず手を差し伸べる心優しい人物でもある。

   本作でも、ぐだぐだ言いながらではあるが、マンソン一家を助けている。ローラがローガンに父を感じたシーンを探してみると、間違いなくココだというシーンを見つけた。

   それがマンソン宅に泊まる際、足の不自由なチャールズを抱えベッドまで運ぶローガンの姿。そしてそれをそっと後ろから追いかけ見つめるローラのシーンだ。ローラが見ていたものは、決して向かってくる敵をなぎ払う力強い3本爪のローガンではなく、弱った老人を抱きかかえ介抱する優しいローガンの姿だったのだ。ちなみにローガンは、マンソン一家に対し、プロフェッサーのことを「父のチャック」と紹介している。

   さらにチャールズの死に際しては、涙をこらえ、ぶつけようのない怒りを爆発させる不器用なローガンもローラは、しっかり観察していた。

 

   他にも、父の敵と直面したのに、冷笑的なライス博士や、西部劇『ショーン』とローガンをダブらせるような演出など、ちょこちょこどのように良い父親像をローラや観客に見せようか、という試みが強く感じられた。

   それらの試みが功を奏したのか、全ての伏線や演出がベストファーザー・ローガンを指し示すように作られているおかげで、最終盤のローラの涙と呼び掛けに観客はぐっとくるのだろう。

 

最後に今後の展開予想的な

   ヒュー・ジャックマンパトリック・スチュアートがそれぞれローガンとチャールズ役の引退を宣言したため、おおよそラストは想定内。

   やっぱり気になるのは、カナダへと逃げ延びた人工ミュータントたちのその後だ。ヴィラン役のピアース(サイボーグ化した人間)をよってたかってミュータント能力で殺害する衝撃的なシーンを見て、やや違和感を感じた観客も多いんじゃないだろうか。私も一瞬ええ!?それでいいの?と戸惑った。

   しかし、よくよく考えていると、あの展開で良かったんじゃないかとも思う。

   たしかローガンが作中で「ひとり殺すのも大勢殺すのも一緒」というようなことを言っていた気がする。たとえそれが悪人でも、他人を守るためであったとしても。人を殺した存在は、ずっとそれを背負って生きなければならないのだ、とも。

   殺人という行為を背負って生きる、と言うこと自体うまくイメージできないのが正直なところだが、ミュータントの子どもたちの立場に立ってみるとどうだろうか。追手から逃げるために不殺を選択できなかったローラと、殺人をしたくなくて必死で逃げ延びた子どもたちの間には、まだ見えない一線があったはずだ。最後のピアース殺害における彼らの行動は、それこそひとり殺すのも大勢殺すのも一緒、という単純な殺人への肯定感ではなく、ローラと自分たちが一緒である、同じ重荷と責任を背負ってともに生きてゆく、という力強い意思表示だったのではないか。

   そんな強い結束と選び抜かれた能力を持つ新世代のミュータントたちが登場するマーベル作品の計画も進行しているようで、もしローラが再び登場するようなことになったら絶対に見に行こうと思う。

 

   結末はたしかにバッドエンドかもしれないが、命ある限り少なくとも未来はある。彼らがどんな道を歩みどんなミュータントになっていくのか楽しみな作品だった。

 

 

では。