発表年:1933年
作者:カーター・ディクスン(J.D.カー)
シリーズ:ノンシリーズ
粗あらすじ
甲冑を着た幽霊が現われるという弓弦城には、熱狂的な古武具の収集家レイル卿とその一家が住んでいる。弓弦城では幽霊騒ぎ以外にも、外聞はばかるスキャンダルや盗難事件が発生しており、何か気狂いじみた、恐ろしいことが起こる兆しを誰もが感じていた。そんな中ついに甲冑室で、奇怪な死体が見つかる。次々と続く怪事件の解決を依頼されたのは、偶然近くを休暇で訪れていた犯罪学者ジョン・ゴーントだった。
カーのH・Mシリーズ第3作『赤後家の殺人』にチャレンジした際、序盤に本書の記述があって中断したのがほぼ1年前。
念願叶って意気揚々と読みだした本作ですが、良いところと悪いところのバランスは4:6と美点が劣勢で、せっかくの作品の魅力が殺されているやや微妙な作品だと思います。
まずは良点だけ紹介していきます。
イングランドの古城という舞台が魅力的です。
幽霊騒ぎや鋭い爪の籠手など雰囲気を煽る小道具が配されているものの、『髑髏城』(1931)のようなグロテスクさは抑制されているので、カーの作品の中では比較的読み易い部類に入るのではないでしょうか。
一方で怪奇のエッセンスは弱めなので、カーにしては物足りないと言えば物足りないのかもしれません。
これが手がかりだよ、と言わんばかりの堂々とした手がかり配置も見事です。しかもその全てが、解決編でしっかりと説明されるのも好印象。
手がかりに関してのみ言えば、強引なこじつけも少ないので多くのミステリファンを納得させるだけのものは備えていると思います。
ただ、そこにカーの慢心が見えるかなという気も…ちょっとした気の緩みとでも言うんでしょうか。ミスディレクションのいくつかがカーの欲張りによって台無しになっている気がします。
そのいくつかが無くても全然通用する良質なトリックだとは思うのですが…
あと、古城の見取り図があれば、もっと作品の雰囲気も高まって推理する楽しみも増えたのではないでしょうか。見取り図無しに謎解きのゲームに取り組むのは結構苦痛です。
まあ「見取り図がないってのは…そういうことだよ」とカー先生が言っている気がしないでもないんですが。
また、本作は、事件の構築という部分から推理を始めてみるのも面白いかもしれません。
普通は目先の謎であったり、不可能状況の説明に注意が行きがちですが、カーの創造した事件の経緯は、なかなか秀逸で、よく練られているなあと感心させられます。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
まず念頭に置かなければいけないのは、女中ドリスのお腹の中の子どもの父親だろう。この時点で候補者はレイル卿を始め息子のフランシス、秘書のブルース、召使ソーンダーズと執事ウッド、そして弓弦城の客人ケストバンとなかなか多い。弓の弦、そして甲冑の籠手の盗難についても誰でも機会がある。
レイル卿が部屋に入った後、彼はすぐに死体となって見つかった。最後の姿を見たのは秘書のブルースなのでまあ普通に怪しい。レイル卿の口走ったとされる真珠の件や、恐ろしい顔など全てブルースの証言しかない。また娘のパトリシアが何も見ていないし聞いていないというのも怪しい。ブルースとの共犯か?
その後問題のドリスも死んだので、やはりドリスを孕ませた男が要だろう。
ん?もしかしてレイル卿か?
そうなると人間関係を少し整理してみる必要がある。
ドリスのお腹の中の子どもの父親はレイル卿で、その子どもに遺産相続の権利が生じるため、早いうちにレイル卿とドリスが死ななければならなかった。とする。
そうなると最有力候補はアイァリーンだ。レイル卿の風貌を考えると、アイァリーンにできないことは無い。とりあえず彼女のパトロンっぽいケストバンはミスディレクションで、本命がブルースか?
…と思っていたらアイァリーンが死んだ!
こうなると、最有力候補に繰り上がったブルースからは金銭面の動機が消えてしまう…どういうことだろう。やはり甲冑室にいたパトリシアとブルースの共犯だろうか。
なんでもかんでも共犯にするとは情けないが、フランシスは鉄壁のアリバイがあるし、ケストバンには動機が無いし、で完全に行き詰まってしまった。
死んだ3人に共通する動機から創造するとフランシスが鉄板……
フランシスが標的か?
でも遠まわしに3人も殺す目的がわからない。
なんだろう俺がバカなのだろか。
見えそうで見えない、このモヤモヤした感じが堪らなく良い(バカ)
推理予想
フランシスかケストバン(バカ)
結果
見えてそうで全然見えていない
おお~思ったより近いところをグルグル回っていたようです。
最初の着眼点(甲冑室でのブルースの立ち振る舞い)は中々良かったのかもしれません。
ただ、密室を作りだしたフェイクトリックには全く気付きませんでした。
見取り図が全くないので弓弦城の構造がイメージしにくく、立体的な密室トリックを解き明かすのはかなり困難でしょう。しかしトリック云々はともかく、実質的な密室ではないのが本作のミソです。
甲冑室の唯一の入口には、ブルースというイマイチ信のおけない証人がいるため、ミステリのお約束である「全員を平等に疑う」ことさえ怠らなければ、綻びを見つけることはできるかもしれません。
また、カー=密室という先入観もこのトリックの運用に役立っています。これはドリス殺害のプロセスやアイァリーン殺害の目的などの、謎の核心の目くらましに用いられ、見事に騙されてしまいました。
あと犯人の影が物語の進行に比例して薄くなってくるので、終盤はほぼ印象に残っていません。これも計算なのかな?
密室トリックの本分って、もしかするとこういう作品のためにあるんじゃないか、とさえ思いました。
それくらい、トリックの出来だけでなく、その利用方法にカーの冴えが見えます。
探偵役ゴーントについては、探偵の能力としては一級品かもしれませんが、他に特筆すべきところはほとんどありません。
好きでも嫌いでもない、という感じ。
ただ、H・M卿シリーズ『赤後家の殺人』にも本作のキャラクターが登場する為、その前に読んでおくと該当作も楽しめます。
では!