日常のミステリ

   生きているとそれだけでミステリに遭遇すると感じたことはないか。わたしは去年の夏、『増えたコーヒー』とも呼ぶべきミステリに遭遇した。拙い文章だが読んでいただければ幸いである。

 

 

   その日の朝、インスタントのコーヒーを職場の湯沸コーナーに常在していた私は、いつものようにコーヒーを淹れようと壜を手に取った。湯沸コーナーに置いているせいか、壜のラベル部分は濡れて判別できなくなっている。さあ朝の一杯を飲んで今日も一日頑張ろう。そう意気込んで壜を見て違和感を覚えた。「いつのまにこんなに飲んだのだろう?」昨日まで2/3程あったコーヒーの粉が、半分以下まで減っていた。その時は、自分が飲んだと思い込んで特に気にも留めていなかった。

   次の週、再び壜を見てみると、もう全体の1/4程に減っていた。これは間違いない、誰かが勝手に飲んでいる。その日は一日中、頻繁に湯沸コーナーに顔を出し、犯人を特定するために行動を開始した。しかしながら、狡猾な犯人は私の監視に気付いたのか、その日欠勤していたかのどちらかだろう。コーヒーを飲みにやって来ることはなかった。

   残念ながら監視を行った日から3日間、夏季休暇を取得した私は、悔しい思いを噛み締めながら、夏休みを過ごした。

   そして休暇明けの日、出勤後真っ先にコーヒーの壜を確認した私は小さく震えた。つい4日前までは全体の1/4ほどだったコーヒーの粉が半分まで増えていたのだ。「え?増えてる…」湿気で膨らんだのか。いや、間違いなく誰かが足したのだ。足された粉は、もともと壜に入っている粉と同一種だろうか?これは間違いない。銘柄から前回自分が持ってきたものと同じことがわかる。しかもなぜ中途半端に足したのか?そして誰が?なぜ名乗り出ないのだ。

   それから恐ろしくなった私は、二度とそのコーヒーに手を付けることはなかった。さらに不思議なことに、増えた日以後、半分まで増えたコーヒーの粉は、全く減ることの無いまま夏を終えることになったのだ。実は真相は(自分ではかなり)意外なところにあった。

 

   考えられる組み合わせは以下の3つ。

  1. 無断使用を隠すために、同僚が少量を足し入れた
  2. コーヒーの粉が増えたように見えたのは錯覚、もしくは湿気による膨張
  3. そもそもコーヒーは増えていない

 

   答えはこの中にある。読者諸氏は、文の中に隠されたヒントが無くとも、既に真相にお気づきだろうが、その時の私の頭は冷静に考えることができる状態ではなかった。なんせコーヒーの粉が少し増えたのだから。

 

 

   真相は3のそもそもコーヒーは増えていない、である。ヒントは既に在った壜はラベル部が水で濡れて判別できなくなっているのに対し、増えたコーヒーの壜はしっかり銘柄が判るくらい新しいのである。つまり、コーヒーの粉は増えたのではなくむしろ減ったのだ。そして犯人はもちろん同僚であり、勝手に飲んでいたのを悪く思った同僚が、私の夏期休暇中に同じ銘柄のコーヒーを購入し古い壜を廃棄したのだ。ただ私が休んでいる期間中も同じペースで飲んでいたので、既に半分まで使われていたのだった。

   ではなぜ一度補充したコーヒーが減らなかったのか。それは同僚も私と入れ替わりで夏季休暇を取得していたため、ただ単に補充以降コーヒーを飲む機会がなかったのだ。

 

これが『増えたコーヒー』と呼ばれる事件の顛末である。

 

では!