発表年:1933年
作者:ジョン・ディクスン・カー
シリーズ:ギデオン・フェル博士1
フェル博士のキャラクターについて、よく耳にするのは、とにかく酒豪で、巨体。それでいて肩書きはどれも知性溢れるものばかり。
風貌のモデルがG・K・チェスタトンだったらしいので画像だけでも参照しておきましょう。
前回読んだカーの作品は、アンリ・バンコラン初登場作品『夜歩く』だったので、探偵像のギャップの大きさには少々驚きました。
風貌・性格全てがバンコランとは正反対と言っていいでしょう。そして、そんなギャップのおかげもあって、フィル博士の親しみやすさと人気は、カーの作品の中でも高いようです。
まずは粗あらすじ
舞台は、イングランド東部リンカーンシャー。チャターハム監獄の長官を代々努めるスタバーズ家には不吉な伝説が纏わりついていた。そして今宵、一族の跡継ぎが、相続の務めを果たすため監獄にやってくる。再び<魔女の隠れ家>で起こる怪事件は、そこで命を奪われた囚人たちの怨念か、はたまた先代当主の呪いなのか。フェル博士は巨体を揺らし捜査に乗り出す。
カーと言えば怪奇・不可能犯罪というのは周知の事実ですが、もちろん本作でも2つの色が濃く出ています。
不可能犯罪についてはここで多くを語ることができないので、そうなると怪奇の部分のみになってしまうのですが、そもそもミステリと怪奇というのはそんなに相性が良くないのではないでしょうか。
怪奇を題材にしたミステリでまず思いついたのが、アーサー・コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』で、たしかあれは実際にイングランドに伝わる魔犬伝説をモチーフにしていたと思うのですが、やはり“モチーフ”にしてしまっている時点で、事件の背景には伝説や噂にかこつけて犯罪を目論む人間の影を感じずにはいられません。
はなからホラー作品ならまだしも推理小説なのだから、事件が起こって犯人がいて、という設定が必須なのはわかるのですが、それは「怪奇現象をモチーフにした推理小説」というだけで、怪奇の要素と謎を密接に結びつけたミステリとはならないと思うのです。
ただ、カーの作品は後者として捉えられており、その最大の要因を実は本作中に見つけることができました。
それは一言で言うと“呪い”です。
怪奇と呪い、この二つのワードの関連性は認められるでしょう。
最近、日本でも単なるジンクスでさえ“○○の呪い”などと表現されてしまっていますが、調べてみると、本来は生きた人間による言語的(または宗教的)な行為が呪いと定義されているようです(ちなみに死んだ人間によるものは祟り)。
ここで本書に戻って呪いが出てくる箇所を探してみると、かなり簡単に発見できるはずです。
そしてその呪いが、事件と実に巧みに結び付けられていることにも気づきます。ただモチーフにするだけして、犯人の隠れ蓑にするだけではありません。怪奇現象と事件の発端が精妙にリンクしており、恐怖を煽る文体や小道具の数々はあくまで付属品のようなものです。
怪奇について長々と書きすぎてしまったので、ちょっとだけ他の要素も。
不可能犯罪については、フェアプレイ精神ある手がかり提示がしっかりあるため、トリックの満足度とともに読後感も良いです。
そして、なにより犯人の個性的なキャラクターが際立っており、推理小説史に残る、印象深い犯人の一人となることでしょう。
フェル博士の強烈な個性以上に、洗練されたカーのミステリ作家としての技量の高さに驚かされた一作でした。
では!