僕の猫舎

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少年が人生の選択をする物語【映画ネタバレ感想】『スパイダーマン/ホームカミング』

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引用:Marvel Studios2017 

 

MARVELの稼ぎ頭であるスパイダーマンの新たなリブート作品ということは、MARVELファンなら必ず見ておきたい作品です。

スパイダーマンを演じる若手俳優トム・ホランドがこれまたOL諸氏にワーキャー言われそうなカワイ子ちゃんだったので、期待大で見に行ってまいりました。

ここからは、ネタバレはもちろん、シリーズ未経験者のことを全く配慮しない内容になりますので、ご了承ください。ただ、間違いなく2度見ておいしいヒーロー映画の名作でした。

もしこれから鑑賞しよう!と言う方は、少し手間かもしれませんが、MCUシリーズを見てから、鑑賞してほしいところです…

 


粗あらすじ

ピーター・パーカーはクモに噛まれ、蜘蛛の特殊能力を授かった16歳の高校生。鋼鉄製スーツのヒーロー・アイアンマンに見いだされ、アヴェンジャーズの内乱で臨時招集され活躍したスパイダーマンだったが、その後はアヴェンジャーズに再召集されることもなく、世界を救う大きな活躍はできない悶々とした日々を過ごしていた。そんなある日、街でハイテク武器を使用してATM強盗を行う犯罪集団に出会う。スパイダーマンと兵器密売組織との戦いが始まった。

 

まず、予告編からアイアンマンがバンバン登場して、父母を幼いころに亡くしたスパイダーマンの父親みたいなポジションなのかな、とは容易に想像できました。なので、どれだけアイアンマンに頼らないか=スパイダーマンとしてのアイデンティティを確立できるか、が作品成功の鍵になると思っていました。結論から言うと程よい、むしろMARVELにおけるアイアンマンという大御所、オーソリティから脱却できるかという課題に対し、ある意味で親離れできた作品なのではないでしょうか。

 


肝心のストーリーの流れを追ってみると、各所に前フリが効果的に効いた、充実したストーリーだと思います。

まず、アイアンマンに認められようと奮闘(足掻く)するスパイダーマンが描かれますが、これは自身の未熟さにより失敗、挫折するという前フリです。さらに、挫折のシーンでは、颯爽とアイアンマンが助けに来てスパイダーマンの伸びた鼻をへし折ります。これも期待通り。ここでアイアンマンから

「弱い人間にスーツを着る資格は無い」

と言われますが、これはもちろん強くなれというメッセージです。しかもこれはダブルミーニングで、アイアンマンが過去の自分に置換して言ったともとれ、強い説得力を感じます。その後、これまたテンプレート通り、困難を乗り越えて、精神的にも成長し、猛然と敵に立ち向かうのですが…この終盤あたりから、スパイダーマンを中心とする人間関係に一ひねり加えられています

スパイダーマンを成長させる父親代わりのアイアンマンという軸に対し、スパイダーマンと敵対するヴァルチャーという軸が交差してきます。よく思い返してみると、スパイダーマンはヴァルチャーに、最初っから最後まで全く歯が立っていないんですよね。つまり、スパイダーマンにとってアイアンマンが憧れのヒーローであり、目標や理想と言った意味での乗り越えれない壁であると同時に、ヴァルチャーもスパイダーマンにとって、現時点では決して超えることのできない現実的・物理的な壁として立ちはだかっているのです。それは恋心を抱くリズの父親という意味でも、また知力も腕力も敵わない大人という意味でも、そして悪を倒すという理想に対し、さて悪とはなんなのか、真の悪はヴァルチャーかそれとも資本主義か、一部の権力者たちが私腹を肥やし、弱者を虐げている現実か、という正視し難い且ついつの時代も起こり得る解決しえないリアルな社会問題を投げかけてくる現実の存在としても、です。

そしてある意味で16歳の少年が強大な力を手にし、権力者たちの領域に一歩踏み入れようとするその瞬間、どのよう行動するか、また力をどう行使するか、少年が人生を選択するというメインテーマを徹底させているのが秀逸です。

このように一本筋が通っているおかげで、見ている間はとにかく軽く楽しく鑑賞することができますし、その分鑑賞後ストーリーの奥深さも味わい深いものになります。

 


以下、上記以外に良かった点、不満点を挙げておきます。
先に不満点から。

いいかげん人助けのためとはいえ、やりすぎた器物損壊を諌めようよ。

ヒーローによる人命救助のための破壊の是非については、『キャプテンアメリカ/シビルウォー』を含め、過去のマーベル作品でもさんざん描かれてきたはずなのに、未だに改善はおろかそれを諌めることさえされません。

チクリともないんだよなー…

これがヒーローパワーのコントロールが不十分だから、という理由ならまだわかるんですが、それはそれでスパイダーマンの軽妙なキャラクターとはマッチしないんですよね。まあスパイダーマンの呼び名が「親愛なる隣人」だから、ギリ許されないこともないのか。

 

善良な市民が資本主義に弾圧されている!←でも今回のケースは例外じゃね?

今回のヴィランは民間の廃棄物回収業者で、宇宙からの侵略者たちが残していった残骸とはいえハイテクノロジーの塊を売りさばいて生計をたてようとしています。使い方を間違えれば、大量破壊兵器にもなり得る物質を、一介の民間業者が好きに売り捌こうものなら、そのリスクは危険極まりないものになります。政府の息がかかった、トニー・スターク(アイアンマン)の企業に回収・保管されるのが安全だと思うんですよね。それを大企業に搾取された!と言って、勝手に回収物(廃棄物とはいえ資材)を強奪し、武器化して犯罪組織に売りさばくのって悪質じゃないですか?そうならないようにスターク・インダストリーズは回収を請け負っているわけで…

物語の終盤、ヴァルチャーはスパイダーマンに、今の社会や自分たちが置かれている現状に同情するように、共感を求めるように口八丁訴えかけますが、個人的には全く共感できません。まあ展開的には、スパイダーマンがこの綺麗にコーティングされたペランペランな言葉に葛藤するのがまた良いんですが。

しかもヴァルチャーの自宅を思い浮かべてみると、ものすんごく豪華絢爛なわけですよ。

武器を売って儲けた金を慈善事業に寄付するわけでもなし、恵まれない子どもたちを救うわけでもなし、とにかく自分たちの為にしか用いていない時点でやっていることは権力者たちとそんなに変わらないんですよね。いち大人としては全然納得できない。
でもですね。これは同時に良かった点でもあります。

 

スパイダーマンの内面のセッティングは原作と完全合致している

今回のスパイダーマンのみに言及しますよ。

過去のトビー・マグワイヤ版やアンドリュー・ガーフィールド版にはノータッチでお話しします。

まずスパイダーマンに欲しいのは、純朴さ。素直、真面目という意味ではありません。

な感じ。

何にも染まってない真っ白。だからこそヒーローにもヴィランにも影響されるし、その度葛藤する。そんな表情・仕草が演じたトム・ホランドは完ぺきでしたね。

特にホームカミング(同窓会的な)のパーティー会場に足を踏み入れるシーン。

敵役が好きな女子の父親だと知り、手を出すなと脅され気圧されたままパーティーへ向かう屈辱的なシーン。

ドアの前で立ち止まり、そのまま入らず最終決戦に向かう、これでも良かったんですよね。ただここで一度会場に入るのが良い。

つまり、まだ迷っているわけです。ギリギリまで正義を貫くかどうか、愛を手に入れるかどうか、何が一番大事か、そういった内面の葛藤が全て演出されています。

だからこそ、本作では、ヒロインとのシンボル的なキスでさえ無かったのが功を奏しています。手を繋ぐのもハグするのさえなかったんじゃないかな?

つまりスパイダーマンが命に代えても守りたかったもの、それは愛するメイ伯母さんだったわけです。

そう考えると、従来のメイ伯母さん像を覆す若返りにも効果はあったのかな、と思います。まだまだ女盛りで、街のみんなからも女性として意識されるメイ伯母さんってのは中々新鮮で、中高生の男子諸君が感じるであろうアダルティな雰囲気がありましたね。うん。これは次回作も期待。

 

…とにかく、スパイダーマン周辺のキャラクターや環境には手が加えられているものの、スパイダーマン自身はブレてないのが良いですね

 

ジョン・ファブロー演じるハッピーの台詞にげんなり…

100%正確ではないんですが、物語のラスト、アベンジャーズ施設引っ越しの責任者?ハッピーが事態を解決に導いたスパイダーマンにこんなお礼の言葉を言います。

 

「借りができたな。クビになるところだったよ。」

クビ?

ちがうだろー!

ちがうだろーこのデブー!!!!

 

世界を救っていただいてありがとうございますでしょ?まあね、スパイダーマンを心から認めた照れ隠しの冗談だと言われればそれまでなんですが、どうも違和感しかない。

ここにもMARVELが抱えるヒーローものの弊害が見え隠れします。アイアンマンをはじめとするヒーローサイドって、実際はヴィランと本質は変わらずヒエラルキーに則って活動しているんですよね。

つまり、弱者のため。自分たちより立場が下の人間の為にって考え方です。

そういうピラミッドの中で活動している時点で、スパイダーマンには叶いません。なんたって彼は「親愛なる隣人」ですからね。

だから彼は、人助けする対象を選びません。木に登って降りられなくなった猫も助けるし、道に迷ったおばあちゃんの道案内もする。また、いくらヒーローだって高いところは恐いし、瓦礫に押しつぶされそうになったら恐怖でパニックになる。

常にスパイダーマンと他者は同列で、そこになんの壁もありません。だからこそ観客と同じ目線で、距離に感じられる。アメリカを代表するスーパーヒーローだというのも頷けます。

 

愛国心を餌に踊らされるキャプテンアメリカ

これはですね。別に悪くも良くもないんですが、ちょくちょく生徒指導用の映像教材としてキャプテンアメリカが登場します。体力テストにもキャプテンアメリカが登場し、学生のやる気を出させるようなパフォーマンスをするのですが…

どうも空気というか、少々自虐的な雰囲気さえ漂っています。特に居残り生徒への指導用キャプテンアメリカは全く影響力もなく、生徒も完全無視。監督の先生でさえ上の空状態。

 

暗に現在のアメリカを皮肉っているんじゃないかとも思いました。

キャプテンアメリカといえば真の愛国者であり、行動を持ってその愛国心と忠誠心を国民にまざまざと見せつけてきました。それがわずか数十インチの液晶画面の中でペラペラと重みの無い言葉だけで表現しようとしても成功するはずがありません。巧みなレトリックだけで大衆を動かす指導者への強烈な皮肉に思えます。

 

まとめ

以上、深読みしすぎたせいか全く根拠のない記述ばかりとなってしまいましたが、次回作への期待感も十分高まりましたし、それまでにもう数回見直してみたいと思える作品でした。

最後になりましたが、本作実はヴィラン(悪役)でさえ、意図的にまた明確に殺人を犯したという描写が一つもないんですよね。(物語序盤のアレは勘違い)

ちょっとショッキングな映像はありますが、大人から子供まで、家族・カップルでも安心して鑑賞できると思います。

この映画が、MARVEL作品に触れるひとつのきっかけになることを望んでいます。

 

では!