僕の猫舎

主に海外ミステリの感想を綴るブログです

大阪都構想について思うこと

大阪の都構想に関して思っていることを少しまとめてみた。

「都構想」制度について思うことを綴るだけで、政治的主張は全くありません。

 

 

 

 

 

まず賛成派の主張で、二重行政が解消されるから戦略が一本化され、大阪の成長、税収アップにつながるというものがある。

たしかに、過去に二重行政と紐付けて指摘できる案件はあった。市大と府大、市港湾と府・市港湾、住吉市民病院と急性期医療センターなどがそれにあたる。「二つもいらないものは一つにすれば良い」実にシンプルかつ明瞭な思考だ。それらは現体制に変わって以降、統合・廃止が急進することで「二重行政の解消」が達成でき、大阪の経済成長に寄与している、というのが賛成側主張の骨子である。

 

では、このままの状況では、どんどん二重行政が加速し大阪の財政を圧迫、市民サービス・教育水準が低下し、大阪の成長が止まる、ということなのだろうか?

今年8月21日に行われた大阪市議会の臨時議会で、ある議員が

大阪の成長を阻害し、現在も存在して大阪市を廃止しなければならない二重行政とは何か

と追及した。これに対し、現市長は

吉村知事と意思疎通ができているから、いま二重行政はない。人間関係によって解消できている。大阪市役所と府庁の対立をなくすには、市と府を再編させていく都構想が必要だ

と述べた。つまりは「今の二人が仲良し」だから「今は二重行政がない」けど、将来のために「大阪市は廃止して」都にしなければならないということか。

 

今後、府と市の二重行政を止め、無駄な税金の支出をさせない、というのは理解できても、そのために府と市を「都」にして一つにします、は意味が分からない。ここに=が成立する式がわからない。しかも現在二重行政はないのに、だ。

これからも今の首長同士で連携を取り合って、どんどん無駄だと思うものにはメスを入れていけばよい。市民サービス向上のためリーダーシップを発揮し取り組めばよい。ただ、240億円もかけて都にすることに本当に意味はあるのか?

 

 

ということで、もうちょっと踏み込んでメリットについて調べてみた。いわゆる、税収アップのところである。

大阪市のHPを見てみると、そのメリットはかなり漠然としている。「大阪の成長の流れを止めることなく」とか「成果の果実を住民の皆さんに還元していく」「成長をよりスピーディーに進める」みたいな当たり障りないことから「身近なことは身近で決めることができる」みたいなちょっとピンとこないメリットも。

 

賛成派政党のHPを見ると、都構想実現に伴う経済効果は1兆円を超えると試算されている。これは凄い。やるしかない(まあ算出した学校法人嘉悦学園が、1988年という30年以上も前の研究に基づいて試算した、というガバガバさは置いといて)。

正直に言うと、経済効果については。よくわからないし、馬鹿正直に信じる気になれない。賛成派代表は、特別区の収入のあてにしていた大阪メトロの業績が大赤字なことを突かれて「メトロの業績は回復すると思っている」と述べたが、これは「あの会社の株は上がると思っている」と言って自己破産するギャンブラーとなんら変わりないように思える。

 

 

次に、有識者による意見(大阪市HPで確認可能)を見てみよう。

中央大学名誉教授佐々木氏

大阪の将来は副首都構想、それをつかさどる統治の仕組みが大阪都構想であり、そこに起爆剤として呼び込んだのが2025 大阪万博、この3点セットが大阪の発展のシナリオ。

万博が終わったらどうなるのか。5年でシナリオが終わったらどうなる。俺はあと30年以上大阪にいるつもりだぞ。

また、こんなことも言っている。

移行にお金がかかるという指摘については、確かに初期投資はかかるものの、数年で解消され、4 区の競い合いで新たな産業が生まれるなどで、それを上回る税収が生まれると期待

この教授、絶対ギャンブラーだろ。あと、この意見の前段で、4つの特別区間に財政力格差が生じないように、って書いてあるけど、最初っから競争ありきで計画を立てたらダメじゃん。競争は、質が上がることもあれば、格差を広げることもあるって教わらなかった?

もう一個あった。

大阪都構想は、都市の意思決定の仕組みを変えることによって都市開発を進めるという、新たな都市経営の手法の導入であり、歴史的に大変大きい意味を持つ。

歴史的にもあまり見られない都市経営の新しい手法だと⁉そんな今まで誰もやったことのないことを、この大阪でやるのか!怖いぞ。

慶応義塾大学経済学部教授土居氏

人口規模が大き過ぎて非効率になっている行政を適切な人口規模に近づけることによって、その非効率が解消され、歳出抑制効果が出ることが期待されるとする考え方は、経済学では非常にポピュラーな理論である。

これは、そうなんだ、という感じ。大きな市を四分割することで非効率が解消され、歳出抑制効果が期待できるのは間違いない。期待できるのは。

 

 

たしかに、「都構想」は魅力的なワードだと思う。東京「都」に次ぐ副首都としての機能を有することで日本第二の都市として認識されることは、様々な観点から大きなメリットになり得ると思っている。ただ、コロナ感染者数でもわかるように(誇れないが)、もうすでに大阪は日本第二の都市なのではないか。(神奈川・愛知・北海道・福岡ゴメン)副首都にしたい!というのは、お上の自己満足にしか感じない。

 

何かを新しくしたい、停滞感を打ち破りたい。そんな思いはよくわかる。新品の靴を買ったり、今までにしたことない髪型にして登校したりするあの感覚だ。でも、メリットをよく聞いてみると、言葉だけは綺麗で魅力たっぷりに書かれていても、本当はただの「予想」とか「期待」以上のもの「確証」は全くない。

例えばだ、かなり個人的な話になるが、大阪市には兼ねてより地下鉄の増線計画が眠っている。これを「都の発足とともに必ず実現させます」と言い切ってくれたら、マジで都構想に賛成してもいい。具体的なメリットがちゃんと明示され、その対価や価値を認識できるからだ。

しかし、現状そんな確実なメリットはなにもない。「1兆円の経済効果」は、一個人にどれだけのメリットがあるのか?という問いに答えられないし。そもそも「住民サービス」ってなんだ?って思う。区役所で受けるサービスで言えば、格段に住民票の交付が早くなるのか?応対が丁寧になるのか?保育所に入りやすくなるのか?「あなたのお住まいの区に○○を実現します」ということが、今から言えない制度にも関わらず、そこに賭けるギャンブル精神はない。

 

 

せっかくだから教育についても少しだけ触れておきたい。

先の有識者意見には何一つ教育について触れられていなかったので、あれ大阪には子どもがいなかったかな?と思ったのは事実。だれかちゃんと考えてくれよ俺の息子のこと。

 

特別区制度(案)を全部読んだ。教育に関する部分だけ取り上げてみる。ちなみにすでに大阪では都構想実現に向けて(かどうかはわからないが、たぶんそう)すでに教育委員会は4ブロック化されている。笑う。

 

①学力・生徒指導等の課題がある学校へ教員を増員したり、区ごとに独自で採用できる。

これは、良く聞こえる。ただ、採用が区ごとになった場合、人事異動等も区内でしかできなくなるが良いのか?今まで400校近くで行ってきた人事交流や研修が区内の100校程度で行うことになるが、それで質の向上は達成できるのか?さらに、他府県からの採用者にも確実に偏りが出るぞ。幅広い地域・層から人材を募集できる強みが完全に消えることになる。まあなんでも多ければ良いってわけではないか。

②小中一貫校や英語教育の導入、海外研修や留学などの教育内容の充実
これは、別に特別区じゃなくてできるはず。たぶん区の自由裁量でできるということだろうが、なんでも区長が自由に決めて、学校に押し付けても絶対迷惑するだろ。

③ICT教育等教育環境の充実
現に大阪市はかなり潤沢に予算があると思われ、一人一台のタブレット配布やリモート授業のための施設・環境整備が急ピッチで進んでいる。これが、特別区ごとになった場合、全校が均等/平等に環境整備される保証は全くない。区によって課題や目標とするものが違ってくる以上、教育に割く予算に差が出る=学校格差が広がる可能性は十分にある。格差が無い可能性も同じだけあるけど。

 

やっぱり気になるのは環境整備のための予算と、人事権の部分。参考になるかはわからないが、2016年に府へ移管された特別支援学校の課題について、調べたことを書く。

この特別支援学校の府への移管は、間違いなく大都市制度(都構想)の一環。「大阪市立の特別支援学校及び高等学校の大阪府への一元化に向けた基本的な考え方について(案)」に書いてある。

実は大阪府の特別支援学校における教育環境は、かなり劣悪だと言われている。「大阪府立支援学校」「教育条件整備」とかで検索すると、現状抱える課題がわかる。

府と市は、もう十年以上も前から、支援学校が窮境に陥ると分かっておきながら、大都市制度(都構想)実現のため、市に在った支援学校を府へと強制的に移管させた。これは邪推だが、市が大変な支援学校を府に押し付けた形に見える。制度設計・予算措置に多大な労力がかかる支援学校を府に押し付けて、特別区で問題を抱えないようにしたのではないか(高等学校も同じく)。

今の支援学校で何が起こっているか。市から府に移管されてどれだけ予算が減らされたかは「市立支援学校」「都構想」で調べると具体的な記事が出てくる。市が解体されると、どれだけ予算が削減される恐れがあるか、「何も変わらない」と言いながら変わるものがどれほどあるかが垣間見える。

 

 

 

おわかりだろうが、今のところ気持ちは「反対」である。

今の「都構想」は、パチンコ、競艇、競馬、FX、宝くじと同様のただのギャンブルにしか思えない。リターンはたぶんあるのだろう。実際に実務にあたり、大阪の成長のためあくせく働くのは、たぶん区の様々な職員たちであり、教育現場の教職員だからだ。決められた形の中で必死に結果/成果を出そうと藻掻く人々の姿が想像できる。

 

何かを変えたい?新しい形にしたい?その気持ちはよくわかる。でも、一度変えれば二度と戻せない/後戻りできない制度を一番最初に変えるのが正解なのだろうか。一度変えてみて、問題があればその都度解消していこう、みたいなスタンスで大阪市を消してしまってもいいのか。挑戦してみなきゃわかんない!は少年漫画の世界だけにしてほしい思う次第だ。

では。