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『人形パズル』パットリック・クェンティン【感想】難易度?サプライズ?そんなの関係ねえ!

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1944年発表 ピーター・ダルース3 白須清美訳 創元推理文庫発行

 

人形パズル (創元推理文庫)

人形パズル (創元推理文庫)

 

 



    演劇プロデューサーのピーター・ダルースを主人公とする通称パズルシリーズの第3作。前作前々作と傑作続きのシリーズですが、本作の評判はイマイチ……と聞いていました。いやいや誰だよ「イマイチ」みたいな評した人……気のせいかもしれんな。

 

    本作が発表されたのは第二次世界大戦真っただ中の1944年。舞台もアメリカ西海岸のサンフランシスコ。さらに主人公ピーター・ダルースは演劇プロデューサーではなく海軍中尉として登場します。長期間の海上勤務が終わり、ようやく愛する妻との甘い時間を過ごせると思いきや、静養のため訪れたサウナで事件に巻き込まれるのでした。

 

    あらすじのとおり、オーソドックスな巻き込まれ型探偵として活動を始めるピーターですが、その後の展開は全く定石どおりに行きません。良い意味でも悪い意味でも、巻き込まれプラス探偵ではなく、オンリー巻き込まれのまま突っ走るため、事件の捜査が着実に進んでもピーターとアイリスの状況がひとつも好転しないのには苦笑させられます。

    そもそも、素人探偵には荷が重すぎるのも確か。アンコントローラブルな酔っ払いに冷酷な暗殺者という傑出した人物たちを相手に、いち軍人で元演劇プロデューサーのピーターが何かを成し遂げようとするのが無理というものです。一方で、そんな苦境の中でも必死に抗い、死神の魔手を食い止めようとする姿には好感が持てますし、多少他力本願的なところがあるとはいえ、彼の原動力が妻とのスウィートタイム、というのも人間らしい探偵を主役にした本作の魅力です。

 

    もう一つ舐めてかかってはいけないのは、本作の根幹に仕掛けられたある趣向です。これは今までのパズルシリーズにも仕込まれていた要素でもあるのですが、本書ではその傾向が顕著に働いています。そして、前作、前々作に通じてあったサスペンスフルな空気が鳴りを潜め、ファース味が強まったドタバタ喜劇的な作風になっているのも特徴と言えるでしょう。

    戦争状態かつ事件の中枢まで巻き込まれた状況だからこそ生じるドキドキ感があまり感じられないのは、肩透かしですが、オーソドックスな展開の中で芯を外したような変化球的な面白さは間違いなくあります。また、“赤い薔薇”“白い薔薇”といった否が応でも脳内で色付きで再生してしまうような印象的なワードが多用され、それがちゃんとミステリに密接に繋がって無駄になっていないところにも作者の巧さを感じます。

 

    あと、注目したいのは、終盤1章丸ごと費やして書かれたある記述。解説でミステリ評論家の佳多山大地氏が述べられているように「本作の難点」と思われる読者も多いかもしれませんが、ここは否と声を出して言いたい。

 

否!

 

ここらへんはネタバレになりそうなので後半で。

 

    一応パズルシリーズというシリーズものの第3作なので単体でオススメできる代物ではありませんが、第1作『迷走パズル』第2作『俳優パズル』ともに超のつく傑作ミステリだと思っているので、是非とも順番にチャレンジして欲しい作品です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    冒頭からアイリスといちゃつきたがるピーターにニンマリ。

    被害者を狙い、ピーターの服を盗んで成りすました「舌足らず※の男」が犯人なのは間違いなさそうだが、はたして本当に「舌足らず」なのか。わざと印象付けているような気もする。

※原文のまま使用しています。

 

    リーナを殺した男が舌足らずでなかったことから、その可能性も高まる。

    そして中盤以降、ムショ帰りのローズ兄弟いう悪漢が、復讐のため3人の女と象の命を狙っていることが明らかになると、犯人は決定的に。

    しかしそれも酔っ払いエマニュエル・キャットの記録頼み。う~む、彼は登場人物一覧にも載っていないし、〈緑のキモノ〉でのアリバイもあるし犯人ではないか。あと、一覧に載っているアナポッパウロスはどう物語に関わってくるのか。

    わからん!!!

    ふつーにローズ兄弟じゃねえの?

 

推理

ローズ兄弟

真相

偽ハッチ&偽ビル 

え、あ、で、ですよね~……(^^;そりゃあそうですよねえ……。

 

 

    何百冊海外ミステリを読んでもそんなの全然関係ないってことですね。他の方のレビューを見ていると「真相がまるわかり」「サプライズが全くない」などかなり真相は見え見えなミステリなようで……自分が全く当てれなかっただけに、ミステリを読む楽しさは十分味わえました。

    ただ、冷静に考えてみると、たしかにサプライズを演出しようと思うと、ハッチとビルにその任を担ってもらうしかないってのは頷けます。

 

    最後に問題の17章について少しだけ。多くの博識な読者は、17章のエマニュエル・キャットの犯罪記録が明かされる前に真相にたどり着いていることでしょう。しかし、再度犯罪記録と偽ハッチ&偽ビルの記述を読み返してみるとあることに気づきます。

    著名な評論家に異論を差し挟むなどおこがましいことですが、解説の中でこの17章は、シャーロック・ホームズの長編作品群に登場する2部構成と比較されています。しかし、該当章は事件のバックグラウンドを描くためではなく、間違いなく謎解きのメインを担うれっきとした解決編です。

    例えば.記録の中では、二人が暗殺したジーノ・フォレッリ(芸名〈紫の薔薇))とローズ兄弟の兄で全ての計画の立案者でもあるブルーノ(芸名〈白い薔薇〉)との軋轢や事件の経緯が書かれますが、ここで登場する色(紫と白)は、物語の冒頭、偽ハッチの初登場シーンで彼が来ていた衣服の色になっており、犯人を暗示させるヒントとなっています。

    また彼らの身体的な特徴(筋骨隆々な体や太く逞しい足)はことあるごとにピーターの目を通して読者に明かされ、ただの私立探偵以上の存在であることが仄めかされていました。(頁26・93)

    このようにやや遠回しではありますが、窮地を救うヒーローとしてピーターに近づき共に行動することで彼を誤った方向に導くことができたのは、ハッチとビルだけだ……ってのに気づきそうなもんなんですけどねえ。

   

    最終盤、実際にピーターとアイリスに道化に化けた本物のローズ兄弟(道化メイクでハッチとビルとは気づかない)を追わせる演出も、ミスディレクションの観点から素晴らしい工夫だと思います。

 

 

 

 

 ネタバレ終わり

    多くのレビューを見る限り謎解きとしては物足りず、難易度の低い一作のように思っていましたが、その一点だけでミステリは評価できないはず。

    作者パトリック・クェンティンの演出力の高さは文句の付け所がありませんし、ピーターとアイリスのドタバタとした喜劇的な逃避行もスピード感があって面白かったです。

では!