『勇将ジェラールの回想』アーサー・コナン・ドイル【感想】歴史小説愛が爆発

1896年発表 勇将ジェラール1 上野景福訳 創元推理文庫発行

 

    アーサー・コナン・ドイルといえば、シャーロック・ホームズものを始めとする短編ミステリが有名ですが、ドイルが本来書きたかったのは歴史ミステリでした。ホームズが有名になり過ぎた結果書きたいものが書けず、ホームズを作中で殺した(『最後の事件』)話はあまりにも有名です。

    そして、ホームズを葬ったあと、ナポレオン時代に活躍した実在の将軍マルボをモデルに書いた作品が本作です。

 

    日本語のタイトルは『回想』(原題はExploit=功績、偉業)となっており、ホームズの短編集『シャーロック・ホームズの回想』(1894)を皮肉ったようにも思えますが、実際に退役後のジェラールが、酒場で酒を飲みながら、村人たちに自分の功績、偉業、冒険譚を語っている形(=回想)で本作は進行します。

 

各話感想

准将が≪陰鬱な城≫へ乗りこんだ顛末

    時は1807年、ジェラール中尉25歳の冬、≪陰鬱な城≫と呼ばれる古城とその城主である謎の男爵とのお話。

    まあ王道の決闘ものとでも言いましょうか。物語の筋からオチまでドイルらしい筆致で描かれた一編です。

 

准将がアジャクショの殺し屋組員を斬った顛末

    1807年ティルジットの和約と呼ばれる講和条約締結後のお話。

    なんとジェラール中尉は、皇帝陛下(ナポレオン)直属の命を請け、命を懸けたミッションに取り組みます。

    史実かどうかはさておき、大きなスケールの中で見事にどんでん返しを組み込んだ上に、ユーモアあるオチに至るまで、構成の美が光っています。

 

准将が王様(キング)をつかんだ顛末

    1810年大佐となったジェラールがゲリラと闘うお話…なのですが、毛色の違う二つのエピソードを絶妙に合わせながら、後の短編に連なるようなシリーズ作品に仕上がっています。

 

王様が准将を捕えた顛末

    前話の続編である一編。

    舞台をイギリスに移し、敵国で孤軍奮闘するジェラール大佐の冒険譚ですが、皮肉の利いたオチが見事です。舞台がイギリスというだけで、空気感がホームズものに似てくるのも不思議。

 

准将がミルフラール元帥に戦闘をしかけた顛末

    1810~1811年の間でしょうか(マセナ元帥は1811年以降に降格)。

    マセナ元帥の命令は、イギリスの元将校であり現在は山賊のミルフラール元帥と呼ばれる男の暗殺と、誘拐された令嬢の救出でした。まるで、どこぞのスパイものと見紛うばかりのハードボイルドチックなお話です。

    さらには、敵国であるイギリスの諜報員的な人物が登場し、二国合同の作戦が実行されます。

    この作品が書かれたのは1800年代の後期なのですが、すでにスパイものの様式が生み出されていたことに、改めて驚かされました。オチもがっつり男臭いんですよ。すごいです。

 

准将が王国を賭けてゲームをした顛末

    1813年の春、対ロシア戦で大敗を喫した後のフランスなので、タイトルでもわかるように政治戦がテーマになった一編です。

    皇帝陛下の密書を運ぶ任に就いたジェラール大佐ですが、誰も信用できない状況でたった一人で愛する陛下のため奮闘します。こちらも前話同様スパイもののバリエーションの一つでしょう。

 

准将が勲章をもらった顛末

    舞台となった時代はナポレオン失脚直前(1814年初頭)だと思われます。これまでの短編とまた趣向が変わり、スピード感溢れるアクション活劇に仕上がっています。

    ただ、タイトルどおりの英雄譚だと高を括っているとガツンとやられるはずです。ナポレオンが表に出張ってくると、かなりミステリ色が強くなる傾向があるようです。

 

准将が悪魔に誘惑された顛末

    フランス敗戦間近の話なだけあって、意味深なオープニングに始まり、物語の題材から、ユーモラスなオチ、そして心がキュッとなるようなラストまで、本短編集の最後を飾るに相応しい素晴らしい一編です。

 

 

おわりに

    歴史小説をあまり読んでこなかったので、最初はとっつきにくい印象がありましたが、ドイルの天才的な筆致のおかげで、読み終えてみればあっという間でした。全ての物語が面白く、ユーモラスで感動的。何度も言いますが、改めてアーサー・コナン・ドイルという作家の凄さを感じずにはいられません。

    あと、ドイルの歴史小説への愛が爆発しているのがわかります

    例えば、本書に登場するフランスの元帥は(たぶん)全員が実在の人物だと思うのですが、ぜひ一度気になった名前を検索してみてください。彼らの個性やナポレオンとの関係、戦争での指揮能力を元にした描写が、本書の物語の中に巧妙にちりばめられています。

    例えば、後半に登場するベルティエ元帥はナポレオンの信頼する参謀長でしたが、第一帝政の後期には、二人の仲は険悪だったようです。第七話では、ナポレオンが作戦会議中?に彼のサーベルを奪い取って地図を指し示す細かい描写がある一方で、最終話では、多くの元帥が寝返る中でも最後までナポレオンを裏切らなかったベルティエ元帥がキーマンとして登場します。

 

    ここらへんの歴史に詳しい方が読むと、何倍も楽しいんでしょうねえ。もしナポレオン時代について書かれた平易な解説書なんかがあれば、ぜひ読んでみたくなったので、ご存知の方がいらっしゃればご教示ください。

では!