『三人の名探偵のための事件』レオ・ブルース【感想】パロディものと侮るなかれ

1936年発表 ウィリアム・ビーフ巡査部長1 小林晋訳 扶桑社発行

 

初レオ・ブルース、ということで、まずは簡単に作者紹介からいきましょう。

レオ・ブルースという男

レオ・ブルース(本名ルパート・クロフト・クック)はイングランド・ケント州生まれですが、その後アルゼンチンで就学し、書籍の批評家や編集者として働きながら、本名名義でも自伝・普通小説・詩などの多くの書籍を世に送り出します。

1953年、同性愛者の嫌疑を受け6か月の服役命令を受けて以降、彼はモロッコに移住し、その後もチュニジア、キプロスなど異国の地を旅して15年以上の月日を過ごしました。

そんなブルースのミステリとしての代表作は、ポワロを始めとする名探偵たちをモチーフにした人物が登場するなど、パロディものの傑作として知られる本書『三人の名探偵のための事件』。本書を皮切りにウィリアム・ビーフ巡査部長シリーズを8作、そしてパブリック・スクールの歴史教師キャロラス・ディーンものを20作以上発表します。

後者については、学校を舞台にしているだけあって、アクの強い校長やヤンチャな問題児など個性的なレギュラーキャラクターやユーモア描写も魅力の一つらしく、日本ではシリーズ第一作『死の扉』ぐらいしか手に入りにくいのはなんとも勿体ないところです。*1

 

 

本書のあらすじはごくごくシンプル。

粗あらすじ

サーストン家で開かれたパーティの夜に起こった密室事件。翌朝、世界に名を馳せた名探偵たちが続々と登場し、三者三様の捜査を開始する。“あってはならぬことが起きている”そんな異様な屋敷で起こってしまった悲惨な事件を名探偵たちは解決できるのか。

 

上記のとおり、本書には海外ミステリの黄金時代から活躍する有名な名探偵たち(に似たキャラクター)が多数登場します。アガサ・クリスティのエルキュール・ポワロ、ドロシー・L・セイヤーズのピーター・ウィムジィ卿、G.K.チェスタトンのブラウン神父という贅沢な顔ぶれです。

しかし、ただのパロディものと侮るなかれ。題材となった事件自体は、推理小説ではありきたり過ぎる気もしますが、密室事件の方はよく練られています。密室の帝王カーが創造するような金城鉄壁な密室ではなく、三人の名探偵たちに推理させるためにあえて隙のある密室にしてある点が秀逸です。

さらに、仮に密室事件を解いたとしてもフーダニット(犯人当て)にはまた別の視点で挑まなければいけません。登場人物全員が容疑者候補であり、アリバイや動機などにも(これまた)隙が用意されています。

 

ただ、この形を完成させるために、パロディ、多重解決、密室トリックと力を分散しているせいもあってか、わりと物語はペランペラン。(実際には裏を流れる人間ドラマも複雑なはずなのですが、探偵たちを主軸にする構成せいでほとんどのエピソードが薄くなっています。)

以上三つの構成要素について興味がある≒推理小説愛好家にとっては、贅沢な一品ではありますが、単純に「面白いミステリが読みたい」という読者に対しては、パロディの元となった名探偵たちを知っているかどうかで面白さが多少増減する懸念もあって、なかなか万人にオススメしづらい一作です。

 

でもボリューミーで贅沢な解決編だけは読んで欲しいんですよねえ。何回転するのか予想もつかないほど豊富でトリッキーな作品なので、いくつかオーソドックスな作品を読んでからチャレンジしてみてください。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

いたってオーソドックスなオープニング。気になるのは、被害者の3回に分けた悲鳴。どうも芝居臭さというか、不自然さを感じる。

この時点で叫んだのはサーストン夫人ではないのではないか、という疑問が。

あと窓が開いた密室ってもう密室じゃないじゃん、というツッコミは無粋か。

 

屋敷の略図から見てとれるのは、犯罪現場(2階)からの脱出経路の多さ。

名探偵たちの捜査によって、各所からロープが発見されるに至り、脱走経路は地階か上階かのどちらかだろうと推理できる。

上の階の可能性は早い段階で示唆されるので、正答は地階ラウンジだろうか。というか、サーストン夫人のものと思われている悲鳴が実は別の女性、例えばメイドのイーニドの発声したもので、彼女が共犯者となっていれば、殺害時刻を少しいじれば登場人物のうちほとんどが犯行可能になる。←まあコレでは?

 

有力なのはやはりイーニドの婚約者フェロウズだが、婚約者というのが気になる。もし本当の相手はサーストンだったら?…そんな伏線が全くないのが問題だが。

 

推理

アリグザンダー・サーストン&イーニド(二人には不倫関係がある、もしくは、イーニドはサーストン夫人と婚約者フェロウズとの関係を知り、憎悪からサーストンに協力。トリックはイーニドの絶叫による犯行時間の誤認トリック)

結果

敗北

記憶の補完のためにも、ちょっと多重解決の中身を整理しておきましょう。

 

一つ目の推理、継子ストリックランドとフェロウズの犯行。上でも下でもなく、横にロープを振るという脱出トリックは巧いです。ロード・サイモン(ピーター卿)のトリック披露の瞬間に、スミス師(ブラウン神父)が口出ししたくなるのも頷けるほど、ブラウン神父っぽい盲点を突いた巧妙なトリックになっています。

ただフェロウズが犯行へ加担するのはちょっと強引な気もします。

 

二つ目のピコン(ポワロ)の推理は、トリックも含めて自分のものとかなり似ていました。このタイプの推理は、たしかにポワロが(というよりクリスティ)が好きそうなロマンスを絡めたプロットです。動機がメイドに残される遺産、というのがやや弱い気もしますが、ここにロマンスが絡むとぐっと強固になります。

 

三つ目の推理は、いかにもブラウン神父ぽいゾッとする推理です。ストールの殺人教唆、牧師のライダーによる狂信的な殺人というのは、作中に忍ばされた伏線も相まってなかなか説得力があります。脱出トリックも一つ目の推理の応用で気が利いています。

 

さて、あからさまな多重解決の趣向と、小ばかにしたようにも見えるパロディ描写から、中盤から嫌~な感じしかしていなかったのですが、やはり本命はシリーズ探偵ビーフ巡査部長の推理。

一番シンプルな犯人ですよねえ。目的は金銭?それとも不倫を知っての憎悪?……と思っていたら、まさかの大大どんでん返し!

 

ここまで綺麗に躱されると、負け惜しみで文句言いたくなります。

真実にたどり着くための手がかりのほとんどがアンフェア気味です。これは、結末でのサプライズという一点に集中砲火した代償でしょう。

時間があれば再読して伏線の数々も探してみたいのですが、冒頭に推理小説論を語る登場人物たちの中で、ミステリにロマンを求める印象的な台詞を放つのが真犯人ウィリアムズというのはなんだかニヤニヤします。

また、芝居めいた一幕や、いかにも共犯が必要そうな意味ありげなロープなど、多重解決を用いて複数犯(ビーフの推理前半も共犯前提)を匂わす、いや刷り込むミスディレクションが十全に機能しています。

 

 

 

 ネタバレ終わり

本書の先導役を担うウィリアム・ビーフ巡査部長シリーズは、一作毎に異なった趣向と手法で書かれた作品群ということで、あらすじをサラッと辿ってみると、どれも多様でめちゃくちゃ面白そう。

例えばシリーズ4作『Case with Four Clowns』は、占い師の「殺人事件が起こる」という占いに惹かれてビーフの捜査が始まります。どんなプロットなんでしょうか。気になりすぎます。

 

もしかしたら、まだ日本人が知らない名作がシリーズの中には隠れているかもしれませんねえ…ぜひ各出版社、翻訳者の皆様には、レオ・ブルース普及の促進もお願いしたいところです。

では!

 

*1:国書刊行会『世界ミステリ作家事典』およびWikipedia参照