僕の猫舎

主に海外ミステリの感想を綴るブログです

神たる所以【感想】エラリー・クイーン『エラリー・クイーンの冒険』

【スポンサーリンク】

発表年:1934年

作者:エラリー・クイーン

シリーズ:エラリー・クイーン

訳者:旧訳   井上勇

           新訳  中村有希

 

エラリー・クイーンシリーズの短編集を読むのはこれが初めてです。ずっと旧訳版は所持していたのですが、本書が発表された1934年以前の長編を全部読んでからじゃないと短編に挑みたくない、という変な拘りのせいでチャレンジがずいぶん遅くなってしまいました。

だって、たまーに探偵って、過去に解決した作品について言及したり、昔遭遇した犯人の名前なんかをサラッとネタバレするじゃないですか。

1934年『チャイナ橙の謎』を読み終えたタイミングと、新訳版の刊行が発表されたタイミングがばっちし合ったこともあり、今回は新旧両方を併読し、その違いなんかも交えながら、ランク付け(!)もする。という大渋滞の記事を書こうと思っています。本書をランク付けしているツイートを見てやりたくてやりたくて…

訳の差異について言及するため、ミステリのネタバレはなくとも、中身の記述が多めです。物語の筋すら知りたくない方は読了後ご覧になることをお勧めします

 

各話感想

『アフリカ旅商人の冒険』

A

大学へ犯罪講義へとやってきたエラリー・クイーン、という導入部分からよくできています。

3人の学生への応用犯罪学、と言いながら、4人目の学生は読者自身で、ある意味クイーンの長編ものでお馴染みの「読者への挑戦状」なわけでしょう?燃えます。

肝心の中身ですが、ボリュームが少い短編の中で多重解決をやってしまう、というだけで、エラリー・クイーンのミステリ作家としての技量の高さを見せつけられます。

素人探偵が辿るロジックの中には、短編で明かしてしまうには惜しいトリックもいくつかあり、本書の冒頭を飾るに相応しい贅沢な一編です。

訳の相違点

自分が気づく限りそんなに大きな相違点は無かったと思うのですが、登場人物の一人アイクソープ嬢に対するエラリーの態度(表現)が少し変わっています。旧訳版ではどちらかというと冷徹ともとれるくらいクールな態度なのに、新訳版では幾分柔らかな物腰です。小娘を軽くあしらう大人なエラリーという人物像に感じられます。

また、アイクソープ嬢が事件の情報を得ようと質問するライバルの学生に対する一言も違います。

「ジョン、あんたって意地悪ね」→「ジョンったら、ずるい!」

まあ抜け駆けを表すシーンではないはずなので、どっちも微妙かなあという気もしないのですが…

 

『首吊りアクロバットの冒険』

A

ハウダニットを一段掘り下げることで特殊な謎に昇華した珍しい一品です。魅力的な導入部に反して、手がかりの一つが提示された途端に、点と点が繋がり真相が明らかになってしまうのはやや残念かもしれません。

訳の相違点

サーカス団の名前がガラッと変わっていました。

「アトラス一座」→「プロメテウス一家」

どちらもギリシャ神話に登場する男神で、しかもこの二人は兄弟。原文がどうなっていたのか不明なので、なぜ変更したか詳しくはわかりませんが、旧訳が明らかに間違っていたのでしょうか?

 

『一ペニー黒切手の冒険』

B

本作は、高価な切手を巡る盗難劇です。

全体的に整った短編集の中で、唯一やや強引な一編。強引というか盛りすぎというか…

謎解きゲームとしての面白さは十分あるので、とやかく言うのは野暮なんですが、人間ドラマ好きにはちょっと物足りません。

訳の相違点

ドイツ人書店員のウネケル老の訛りが追加

「クイーン」→「クヴィーン」

こちらもたぶん原文に忠実に訳した結果なのだとは思います。旧訳では、口調を田舎っぺぽくすることでドイツ人の老人を区別していたので、そこらへんが時代にそぐわなかったのかもしれません。

 

『ひげのある女の冒険』

S

これまでの三作は、真相の前に一時中断して旧訳から新訳へと読み替えるタイミングがちゃんと用意されていたのですが、本書は唐突に種明かしがやってきたので失敗してしまいました。

が、サプライズの部分は満点

登場人物もごく少数で読みやすいのですが、これ舞台映えもしそうだな、と思いました。視覚で堪能したいミステリでもあります。

本編では明確な訳の相違は気づかなかったのですが、登場人物の描写が現代風になっているので、読みやすさ(謎解きのし易さ)は新訳の方が上。一方旧訳は、訳の古めかしさのせいで、手がかりポイントがかなり浮いています。

 

『三人の足の悪い(びっこの)男の冒険』

B

舞台装置はいたってオーソドックスなクイーンものなんですが、小道具や謎の性質がどことなくホームズを連想させる一作です。

また、人物描写も上手く、真相は小粒でも人間らしい犯人とともに妙に印象に残る一作です。

訳の相違点

タイトルも含めて、時代にそぐわない表現が変更されています

「びっこ」→「足の悪い男」

 

『見えない恋人の冒険』

S

このテの作品が大好きです。

手がかりがしっかりと提示されたうえで、ミスディレクションもしっかり機能していて、人間ドラマもちゃんと用意され、サプライズと余韻は十分ある。このバランスの良さが素晴らしいと思います。

天候や、時間帯も含めて、その時々に応じて明暗がはっきり分かれ、コントラストが強調されているのも巧いです。

また、エラリーのキャラクターも良い意味で軽くて好きなポイント。長編だとエラリーの個性が全面に出ることが少ないので、探偵自身について掘り下げられる作品は貴重かもしれません。

訳の相違点

登場人物の一人の声が

「どなり声」→「がらがら声」

に変わっています。旧訳の時は、なんで怒ってんの?と思いましたが、新訳でしっかり変わっていました。まあ怒鳴り声は大きな声って意味でもあるので余計なツッコミかもしれません。

 

『チークのたばこ入れの冒険』

A

あるべきところにすべてのピースが隙間なく納まる美しい一編です。最初っから最後までストーリーにも一貫性があり、解決編の「Q.E.D(証明終了)」までノンストップで読める佳作です。

訳の相違点

ヴェリー警部への一言

「この大ばか者め」→「なっ、馬鹿な!」

旧訳では、この大ばか者め、で何の問題もないくらい大ばか者っぷりを見せてくれるヴェリー警部に可愛さすら感じましたが、新訳版では叱咤が控えめになっています。この場合ガツンと言われたほうが良い気もしますが…

 

『双頭の犬の冒険』

A

怪奇風の味付けが利いています。

長編『シャム双生児の謎』と同じく、巻き込まれ型の探偵を演じるエラリーですが、正体がバレたくない名探偵、というおきまりの演出も見れて終始楽しい一作でした。

また、雰囲気にマッチした不気味な登場人物もちゃんと用意されるなど徹底されています。

訳の相違点

犯罪者を追跡しているのが

「探偵」→「刑事」

に変わっていました。えらい違いだとは思いますが、60年近くも前の訳なので探偵≒刑事でもアリなんでしょう。

 

『ガラスの丸天井付き時計の冒険』

SS

派手さは少なくとも、ミステリとしての完成度は間違いなくSSランク。

騙される喜びも、解決編のカタルシスもどれも最高のレベルに達します。今まで読んできた約300の短編の中でもミステリの純度で言えば文句なしのナンバー1野球で言うと、ギリギリストライクに入るアウトコース低めの真っすぐ。あそこに投げられたら手も足も出ない、完ぺきな一球でしたって感じ。

ただ「すごい短編」と「好きな短編」はイコールじゃないですからね。好きなのは『見えない~』かこの次の短編。

訳の相違点

詳細は省略しますが、陳列されている宝石の配置がとてもわかりやすくなっていました。旧訳だとどういうことだかイマイチだったのですが、新訳だとすんなり理解できました。謎解きにもある程度必要な要素なので、良い改変です。

 

『七匹の黒猫の冒険』

S

ハリー・ポッターはスルーします(言ったけど)。こいつの名前と「黒猫と老婆」という尖った組み合わせが妙に印象に残るんですよねえ。フーもホワイもハウもどれもが高水準かつ巧妙に張られた伏線が見事な、本書ではナンバー2の作品です。

物語だけを追っても、エラリーがいちゃこらしてるのも面白く、この一種の軽さも本編の魅力の一つだと思います。

訳の相違点

なんかありましたっけ?最後の最後でちょっと飽きてきました。そんなに大きな相違はなかったと思うのですが…もしあれば教えてください。

 

『いかれたお茶会の冒険』

B

こちらは、旧訳版には収録されていません。ゾッとするような演出もあるのですが、基本的にはエラリー・クイーンが文字通りハーレ・クイン役に徹する幻想的な一作です。

全体的に作り物の(リアリティがない)雰囲気が漂っているので、ワクワクさせるような楽しい作品ではないのですが、一種のクローズドサークルの中で、探偵エラリーが果たす役割というポイントにフォーカスを当てるとそれなりに楽しめます。

 

 

おわりに

終盤ちょっと尻すぼみになった感もありますが、全体的に大満足の短編集でした。

よくツイッターの中で、エラリー・クイーンのことを“”と称する評を目にすることがあるのですが、本書を読むとあながち間違ってないなと思わせられます。

二つ名で言うと、クリスティは“女王”、カーは“王“なわけですが、クイーンのみ人外の存在なのも納得の出来でした。

人知を超える驚異的な謎と解決がたくさん詰まった傑作短編集として、是非とも手許に置いておきたい素晴らしい作品です。