たまにだが、何だか胸が締め付けられるような、息が苦しくなるような、そんな漫画を読みたくなることはないか。
熱血王道少年漫画じゃなく、友情や愛情などベタベタな展開を省いた、酸素濃度の薄い漫画を読みたくはないだろうか。そんな時にオススメの漫画がこちら。
たなか亜希夫氏と言えば、『軍鶏(しゃも)』で格闘漫画としてのスタイリッシュさや主人公の成長譚をベースにしながらも、少年少女たちの抱える闇や、一見華々しい格闘業界の裏側にも鋭く切り込んだ唯一無二の漫画家だ。
そんな、たなか亜希夫氏が、バイオレンス描写を全て封印しながらも、精神的な闇はそのままに、光の届かぬ海の底という文字通りの闇との交感、ヒトの無限の可能性を、島国育ちの一人の少年シセを主人公に描いたのが本作である。
引用:講談社 たなか亜希夫『Glaucos1』
そう本作はフリー・ダイビングのお話。簡単に言やあ、息を止めてどんだけ潜れるかってこと。
たしかに、本作ほど息苦しくなる、酸素濃度の薄い漫画は他にない。
海で産まれポリネシアの島国で育てられた“海の子”シセが元世界チャンピオンと出会い、海の底の「その先」を見るため世界へと飛立つ。
たしかに物語の中には、プロフリーダイバーとしてのマンツーマンのトレーニング(中には寺の修行も!)や、チームとして大企業のサポートを受ける現チャンピオンとの対決みたいな、いわゆる盛り上げるためのお約束もあるのだが、基本は「海」の魔力に憑りつかれた人々の人生に焦点があったヒューマンドラマである。
間違ってはいけないのが、本作は決して海の怖さや危険度を伝えるものではない、ということ。
フリーダイビングの特性上、やっぱり海と出会って悲劇を迎えるヒトも多いのだが、彼らは自らが望んで海に挑んでそして跳ね返されただけ。
本作で登場する海は、どれも穏やかで優しく、決して大荒れだったり暴れ狂う凶暴さはない。なのに、それらが逆に甘美な罠なのか、ヒトは無謀にも海に挑んでゆく。
自分からしてみれば、正直全く共感も感情移入もできないことが多いのだが、そこに人間の脾臓の役割、という人間の神秘が出てきて海の未知の領域との関連性を指摘した途端、作品全体を身近に感じだしてしまうのが本作のスゴイところ。
そう本作は、SFの代名詞でもある宇宙モノと同じところに存在している。
未知の領域に挑む時、人類は現状把握している知識を総動員してチャレンジしてゆく。そして、数多の実験・失敗を繰り返しながら少しずつ前進することで、未知の世界を開拓し人類にさらなる進歩と繁栄をもたらしてくれる。
そこには、天才的な技術者だけでは到達できるわけではない。
彼らを愛する家族がおり、サポートするチームの人間がいるし、彼らを金鉱と見る大企業や、人類の希望・夢と見る人類がいる。
ありきたりなSF作品ばかり読み過ぎて満足できなくなった人は、是非、『グロコス/Glaucos』を読んで、息苦しい新感覚SFに触れてみるのはどうだろうか。
全4巻と読み易いのはいいが、特に最終巻は息継ぎを忘れずに。
自分も何度
「ッぶはあっ」
となったかわからない程なので、間違っても高地でのトレーニング中や熱々のサウナ内では絶対に読んではいけない。
あと、変に影響されて、お風呂やプールで何秒息を止められるかなんて、絶対にしないように。
では!