クリスティの円熟を感じさせる一作【感想】アガサ・クリスティ『白昼の悪魔』

発表年:1941年

作者:アガサ・クリスティ

シリーズ:エルキュール・ポワロ20

訳者:鳴海四朗

 

ほぼ半年ぶりのポワロものの長編です。

去年は月一ポワロを目標にしていたのですが、1940年代に挑む前にそれ以前の積読がどんどん増えてきて…ちょっとペースダウンしてます。

 

まずは粗あらすじ

イギリス南西部の豪奢な離島スマグラーズにバカンスのため集まった、ほとんど共通点の無い人々の一団。一人の美しい元女優が海岸線に降り立った今、物語はせきを切ったように進みだす。紛れもない悪の存在に目を光らせるポワロだったが、事件は起きてしまい…

 

たしかに良作ではあります。今まで読んだポワロものでも上位かな、と。ただ、それはクリスティの才能とか独創力によるものではなくて、彼女がミステリ作家として円熟してきたからなのかもしれません。

一人の美女を中心としたプロットはクリスティの作品群でもよく見受けられるロマンス型ですし、犯人の特性もやっぱりどこか二番煎じな気がします。

またクリスティの中期以降よく見かけるのですが、三人称単数で各自の心情を吐露させる描写方法が多用(とくに本作は)されていて、ちょっとくどいというか、しつこい感じもあったり。

ただ工夫が全く無いかと言われるとそうでもなく、過去から事件を引っ張ってくるやり方は、たぶんポワロものの長編でも初めて見る形式ですし、その手がかりからフーダニットは決定的か、と思いきやもうひと捻りあるのはさすがだと思います。

 

あと、いつものロマンス型なら、中心人物たちを除く登場人物にもエピソードや挿話が用意されているものですが、本作ではそんな横筋はほとんどなく、全員が少しずつ狂っているように見受けられます。特にカーの『火刑法廷』を読む少女がいるなんて最高です。

 

ただ全員が全員ミスディレクションとして機能しているか…と聞かれると結構苦しかったりします。

ミステリにおける「お約束」や勘でも絞り込みは容易ですし、トリックも難易度は低め。

白昼堂々行われる犯罪が持つ宿命なのか、トリックさえ暴いてしまえばガラガラと犯人の牙城が崩れてしまうのもやっぱり残念です。

 

物語に難癖つけるのは蛇足なんですが、これポワロものじゃなくて警察小説にすれば面白そうだなと思いました。

最初っから探偵が中にいるのはやや出来すぎですし、警察官を主人公にして敢えて事件後から介入して捜査を始める方が盛り上がるかもしれません。もちろん過去の事件も引っ張り出し易いでしょうし。

 

ネタバレを飛ばす

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

どうも、少し前に読んだあるクリスティの短編を思い出してしまう。ということで、美女に首ったけのパトリックの妻クリスチンが怪しい。

アレ通りだとすると、アリーナの夫ケネスも共犯になるはずなんだが…ロザモンドとのロマンスを見ていると違うような気がする。

 

話を戻して死体発見の現場を見返すと、パトリックが同じ発見者のエミリーを帰らせたのは怪しい。

彼しかアリーナの死体を検分していない⇒アリーナは生きている?(悪ふざけ)もしくは別人?

別人だとするとロザモンドが近い気もするが、彼女とパトリックの繋がりは無い。

パトリックにはアリーナを消す動機もないし…

 

ここはアリーナ死んだふり説を支持。

何らかの理由(エミリーを驚かせるイタズラ)でアリーナは死んだふりをし、エミリーを追い払った後アリーナを殺し、洞窟に麻薬の痕跡を残す。

これで殺人については説明可能。

 

動機はわからない。

お金をもらっていた、もしくはパトリックが麻薬の取引に関わっていてアリーナに脅迫された?

 

ケネスとロザモンドがアリバイを補完し合っていたり、リンダの不可解な行動など説明できない点も多いが、アリーナ殺人に関してはこれくらいで。

 

過去の事件についての手がかりが提示されると、パトリック&クリスチン共犯説が浮上するがどうだろうか。

 

推理

パトリック・レッドファン(&クリスチン) 

結果

引き分け

最後の最後までクリスチンが犯人とは確信できませんでした。

 

前半のネタバレなしの感想では書かなかったのですが、時間と共犯者を利用したアリバイトリックが地味にいい味出しています

もちろん死体誤認がメイントリックっぽくなっていますが、ベースにあるアリバイトリック無しでは事件の構築は不可能なわけで、そんな観点から「ポワロものでも上位」の作品だと思うのです。

つまり「トリックさえ暴いてしまえば」のトリックは、決して死体の正体ではなく、アリバイトリックの方法です。

時計を弄ったり共犯者の存在だったり、ちゃんと過去の事件が正々堂々と手がかりになっているのはやっぱり素晴らしいと思います。

 

 

ネタバレ終わり


つくづく探偵って犯人にとっては厄介な存在ですね。まず間違いなく、本作でもポワロさえいなければ完全犯罪になっていたでしょう。

 

興味深いのは、コレ今でももしかしたら実現可能かもしれないということ。

今では街中にはどこにでもカメラがありますが、ホテルが一軒だけの離島、とかになると監視カメラも少なく無人のビーチで殺人が起こっても捜査は難しいはずです。海にはもちろん監視の目はありませんし。

そう考えると、この『白昼の悪魔』が現代にも召喚されないことを祈るばかりです。

 

では!