発表年:1936年
作者:ルーファス・キング
シリーズ:ヴァルクール警部補9
訳者:髙田惠子
最初は、今回のタイトルを2017年下半期読了ミステリベストテン にチラッと書いた通り「ミステリ界のシライ」にしようと思ったんですが、冷静に考えると、自分が本作にビビっと来たのは、その回転数じゃなかったようです。
まずは初ルーファス・キングなので作者について簡単に紹介します。
彼は1893年にニューヨークに生まれ、大学卒業後アメリカやフランスで兵士として活躍しました。退役後は沿岸警備隊や船乗りとして働いた経験からか船上・海洋を舞台に描くことも多く、警察の内情にも精通している様子がうかがえます。
シリーズ探偵のヴァルクール警部補はそんな国際経験豊かな作者をそのまんま投影したかのようなキャラクターです。本作でも陸・海・空と舞台を大きく展開させながら縦横無尽の活躍を見せます。
続いて
粗あらすじ
ある日ヴァルクール警部補は死体に関しての妙ちくりんな通報を受けた。通報によると名家と名高いトッド家の男たちが死体を車に乗せて運転していたという。はたして通報者が見た者は虚構か真実か。またトッド家の面々は危機から脱出できるのか。
まず発端となる通報から事件の背景を描くトッド家の会話、そして彼ら視点で始まる序盤からもわかるように、本作はミステリのある一つの型にはまったもののように思えます。
そしてトッド家の視点とヴァルクール警部補の捜査視点が交代にやってくるので、本格ミステリというよりは犯人と警察の追いつ追われつの展開を楽しむクライム・サスペンスのような趣すら感じます。
死体消失や死因の謎を始め、船上というクローズドサークルで起こる第二のスリリングな事件など、追い詰められていくトッド家の面々や身内の中に悪が潜むというヒリヒリとした緊張感がどんどん倍増するのがたまりません。
そんな張りつめた空気の中、決してその雰囲気にかまけず一つ一つの謎に捻りの利いた解決が用意されているのも高評価の要因。
本作は、ヴァルクール警部補シリーズ第9作なのですが、前後の繋がりを顧みず単品で邦訳化されたのも納得の出来です。
そして強烈な印象を残すのはやはり解決のまさにその瞬間。
「うおっ」と声を出して驚いてしまったのはいつぶりでしょうか…
サプライズの美技がさく裂するその舞台が、二重三重にもミスディレクションの罠を仕掛けられた上に、不安定でギリギリだったことにもさらに驚かされます。
それでいてフェアプレイも満たしているんですからねえ。
自身の生涯ベストテン第10位に食い込んだ名作は伊達じゃありません。
ただ実力はあるのに知名度が少ないのは悲しい。あまり気乗りのしないよくわからないタイトルってこともあるんでしょうが、このタイトルに惑わされず、自信を持って手に取っていただきたい傑作ミステリでした。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
始まりはいたって普通。
ミスった犯人がどう逃げ延びるか、だろうか。
シリーズ探偵のヴァルクール警部補も序盤から登場し物語に絡む素振りを見せるがどうなるのか。
トッド家の動きがいたって普通の逃避行に見えるので、どう展開するか全く予測できない。
消えた死体の謎は、偶然の要素のせいで警察が思っていたより遠方へと移動したことが明らかとなり、さらりと解決してしまったが、死因の謎は難解。
銃殺?
読み返してみてもそんな描写は無い。
可能性があるとすれば、リペレンが投げつけられた時にはまだ彼は生きており、その後近づいたアーティマスもしくはチャーリーが至近距離から小口径の銃で銃撃したのか。
いや、それか除け者にされていたヴェロニカかもしれない。
彼女はアーティマスの策謀で知人宅に行ったことになっているが、疑心暗鬼になって早めに戻ってきた可能性も大いにある。
ヴェロニカはフランス窓の向こうから隠れて会見を見ており、こちらに向かって逃げようとしたリペレンに驚いて発砲。
家族たちは心臓発作が原因の死だと勘違いしていることから、彼らに嫌疑はかからないものと考え、真相を隠したのではないか。
と妄想していたが、第二の事件、および船員を襲った犯人は力が強く明らかに男性だった。
やはりリディアを狙うチャーリーの犯行だろうか。こちらでも問題はなさそうだ。
一方で徐々に裏の顔が見え始めるジョナサンは、かなり良質なミスリード(別に彼でも面白くないことは無い)。
落ち目の俳優ランダースはなぜ死んだのだろうか。
一つはジェニーの仇。
これならジョナサン、アーティマス、ヴェロニカに強い動機がある。
一方で邪魔なジョナサンに罪を擦りつけ、リディアを奪うためのチャーリーの犯行もありえる。
このどちらかだろうか。
予想
チャーリー・ウォーレン
結果
恐ッ
死体が動き出したときは声を出して驚きました。
一見途方もなく、あり得なさそうな展開(犯人)でも、序盤から仕込まれた数々の伏線、そして、本来なら物語の核となるべき人物(=ジェニーが自殺する原因となった手紙を手に入れた人物)の正体がごく自然に隠されているのが素晴らしいと思います。なんで思いつかなかったんだろう…
章立てはかなり細かめなので読み易い反面、コロコロと舞台が変わるのである程度まとめて読むと状況を把握しやすいと思います。特にランダーズが死ぬ前後(後半)は一気読みが吉。
霧の立ち込める海上の雰囲気まんまの暗い空気が最高です。
そういえば、
序盤のジョナサンとジェニーと会話の流れに?なところがありました。
「2 前兆」なんですが、
どうも話がチグハグな気が…
ネタバレが怖いので詳細は省略しますが(ジェニーの動きです)
読み返しすぎて何が何だかわからなくなってきた程なので、ここをスッキリさせる説明があれば是非教えてください。
では!