発表年:1937年
作者:アガサ・クリスティ
シリーズ:エルキュール・ポワロ
訳者:小倉多加志
本作はエルキュール・ポワロものの中編が4編収められた中編集です。サクッと感想を書いてしまいます。
各話感想
『厩舎街(ミューズ)の殺人』(1936)
ガイ・フォークス・デーにピストル自殺を遂げた一人の女性。その姿、現場の状況に不審な点を見つけたポワロが捜査に乗り出します。
なんともまあ巧い作品。
この作品を読むためだけに本作を手に取る価値はあります。
関係者の証言を聞き取りながら少しずつ前進するポワロの探偵手法は、やはり短かすぎる短編では堪能できないもの。これくらいのボリュームが一番スッキリしていて楽しめるのかもしれません。
『謎の盗難事件』(1927)
もうちょっと凝ったタイトルでもいいんですよ。クリスティさん。
題材は、よくある盗難事件なんですが、小さなヒントが巧妙に散りばめてあって、盗難事件の裏で起こる挿話にもひと手間かけられています。
もちろん斬新な発想で考え抜かれた結末は爽快で、単純なサプライズでオトさないところも憎いです。
『死人の鏡』(1931)
密室や割れた鏡、といった目を惹く要素がつまった中編ですが、なによりも記憶に鮮明に残るのは、個性的な被害者でしょう。
この設定がクリスティのお気に入りだったのか、後に発表される短編『二度目のゴング』(ハヤカワ文庫『黄色いアイリス』に収録)でもほぼ同じプロット、トリックで短編化されています。
もし読むなら、見取り図が付いていて、人間ドラマがよく練られているコチラから読むのをオススメします。
『砂にかかれた三角形』
クリスティらしいロマンスが絡んだ殺人事件がトリです。ブラウン神父みたいに、うまいことしようとするポワロの姿にクスリときますが、正直全然似合ってません。
また作品の雰囲気も某名作の二番煎じな感じがしますし、プロットも似通っています。
ポワロものの長編を先に読んでから、その原型という観点で読む方がいいと思います。
全体の頁数は400を超えるのですが、サクサク読めてしまうのがクリスティ作品の特徴です。
『砂に書かれた三角形』以外は、長編にない良さがたくさん詰まった中編なので、ポワロのキャラクターが苦手という方もそこまで気にならずに読めるポワロ作品なのではないでしょうか。
ざっくりクリスティ作品分類
せっかくなのでこの中編集から、何かクリスティの作品について見えてこないか、やってみたいと思います。
今回思いついたのは、クリスティは、作品を作るときにひな形(設定)を作っていたんじゃないか、ということ。
無限にアイデアが沸くかのようなストーリー展開の豊富さと、天才的な欺ましのテクニックでいつも読者を楽しませるクリスティですが、その舞台・設定は、何種類かの中からアレンジを加えながら用いているような気がします。
今のところ長編1/2、短・中編2/3程度の読了数しかありませんが、ざっくり分類してみたいと思います。
ありきたり型
まず一つ目の型は、ミステリにおける基本のありきたり型。
被害者は基本善人で、利己的な犯人によって殺されてしまうパターン。
近親者が多ければほぼ全員に動機があってフー・ハウダニットに重きが置かれ、逆にいなければ、ホワイにバランスを振る作品群です。
初期のクリスティの長編ミステリは、ほとんどがコレで、傑作というほどの突出した作品は少ないですが、安定感は抜群です。
モンスター型
二つ目の型は、エネルギーに満ち溢れた犯人による超利己的な異常性の高い犯罪。倫理観とか道徳観を完全に無視したフリきった犯罪を中心に据えたモンスター型のミステリです。
この手の作品はホワイダニットが中心になりますが、ハウの部分でもかなりトリッキーなことに挑戦している作品も多々あって、一つひとつが個性的な作品に仕上がっています。
比較的アタリの多い作品群です。
ロマンス型
三つ目の型は、複数名の男女によるロマンスを先に作ってしまうロマンス型です。
三角関係を構成する人数が増えれば増える程話が難解になり、その人間関係を読者に理解させるための仕込みに時間がかかるので、結果的に退屈だと評価が悪くなってしまうのもこの作品群です。
ただクリスティの真骨頂はここにあるといっても過言じゃないくらい、人間ドラマは大事な要素。犯人が簡単にわかるものも多いのですが、フーは簡単でもハウはかなり難解です。
アブノーマル型
そして四つ目はクソじじい・クソばばあ(年齢は変動有)が登場する作品。自分で自分を悪だと思っていないような、逆に愉しんで悪を垂れ流すような、でなかったら変人奇人、そんな爺さん婆さん中心のアブノーマル型です。
この型の作品は、トリックにムラがあるのも特徴で、なんだこれと肩を落とすこともしばしばありますが、登場人物が個性的なので、妙に記憶に残る作品が多いです。
クリスティ型
そして最後が上の四つの型に見せかけた特殊な型で、まさにクリスティでしか書けない唯一無二のクリスティ型です。
『アクロイド殺し』はありきたり型を『オリエント急行殺人事件』はアブノーマル型を下敷きにしておきながら、別次元のところで戦っている感じがします。
以上だらだらとわかりきったようなことを述べてきたわけですが、本作『死人の鏡』内にも、実はこのクリスティ型なんじゃないか、という作品があります。
是非読んで確かめていただきたいところではありますが、そんなにハードルは上げないでください。
気軽に、頭を痛めずに読めるのもクリスティ作品の大きな魅力だと思うので、この年末年始に手に取ってみるのは如何でしょうか。
では!